*

稲垣栄洋の植物論と生き物の死にざま

公開日: : 最終更新日:2020/08/08 Kindle, オススメ書籍

稲垣栄洋の植物論は大変におもしろい。例えば、『雑草はなぜそこに生えているのか』であれば、そもそも書名のつけかたがよい。こういう、疑問形で書かれたタイトルの新書は良書であることが多い。これは、この本を書くための動機がきわめてクリアであり、その答えを誰もが知りたいというニーズがあることを踏まえているためであろう。以前にベストセラーとなった、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学』もまさにその典型例であり、誰しもが、アレっそういえばなぜなんだろう?と、ふと立ち止まって考えてみたくなるようなクエスチョンは、本一冊を通じて解説するほどに価値あるものなのである。蛇足だが、NHKの番組「チコちゃんに叱られる!」も、身近な疑問から話を展開するという意味で、同じアプローチだよね。

「抜いても抜いても生えてくる、粘り強くてしぶとい」というイメージのある雑草だが、実はとても弱い植物だ。それゆえに生き残りをかけた驚くべき戦略をもっている。厳しい自然界を生きていくそのたくましさの秘密を紹介する。

 

 

 

もうひとつの『たたかう植物』も同様に、読みどころ満載の一冊だ。書名こそ疑問形ではないものの、ふだん動かない植物に「たたかう」という表現は似つかわしくない。つまり、このタイトルだけで、えっどういうこと?という気持ちをわれわれに抱かせるのであり、それだけでまずは著者(もしくは編集者)側の先手必勝が決まったといってよい。このパターンのタイトルには、例えばこれも昔の大ベストセラーとなった『ウェブ進化論』があるだろう。ウェブやネットという言葉が最新技術であった頃、それに合わせて「進化論」ともってきたのは、十分に驚きであり、それゆえに潜在読者の注目を集めるには十分すぎるほどの成果を挙げたといえるだろう。

じっと動かない植物の世界。しかしそこにあるのは穏やかな癒しなどではない! 植物が生きる世界は、「まわりはすべてが敵」という苛酷なバトル・フィールドなのだ。植物同士の戦いや、捕食者との戦いはもちろん、病原菌等とのミクロ・レベルでの攻防戦も含めて、動けないぶん、植物はあらゆる環境要素と戦う必要がある。そして、そこから進んで、様々な生存戦略も発生・発展していく。多くの具体例を引きながら、熾烈な世界で生き抜く技術を、分かりやすく楽しく語る。

 

 

 

いずれにしろ、稲垣栄洋の書籍には、大変おもしろく読ませる植物論が多く、それは書名をつける時点で相当に入念に考えられているであろうと予想されることからも、ある意味期待通りの素晴らしさなのである。まだ読んだことがない人には、ぜひ一読をおすすめしたい。そんな稲垣のもうひとつのベストセラーが、この『生き物の死にざま』である。書名に「死にざま」とは、今回もなかなか思い切ったタイトリングの技術であるが、その内容はまたよくできているのだ。昆虫や動物の本は世の中にあまたあるけれど、その死をメインで扱ったものなどかつてあっただろうか? という逆転の発想が今回とても効いている。誰だって子供のころ、自分が捕まえたセミが虫かごのなかで死んでしまったり、アリを踏みつぶしてみたりと、今思えばずいぶんとヒドイことをしたという思い出があることだろう。もちろん、自分の手で殺していなくたって、道端で死んでいるカマキリや干からびたミミズを見たことなど、いくらでもあるだろう。そんな生き物たちは、一体どのように生き、そしてどのように死んでいくのか、その「様」を描写したのが本書である。やさしいイラストとともに、深く考えさせる内容の本書、ぜひこの機会に読んでみて欲しい。子供にとっては夏の課題図書としてもよいほどの、大人にとってもあの頃を思い出すきっかけになることだろう。

すべては「命のバトン」をつなぐために──

子に身を捧げる、交尾で力尽きる、仲間の死に涙する……
限られた命を懸命に生きる姿が胸を打つエッセイ!

生きものたちは、晩年をどう生き、どのようにこの世を去るのだろう──
老体に鞭打って花の蜜を集めるミツバチ、
地面に仰向けになり空を見ることなく死んでいくセミ、
成虫としては1時間しか生きられないカゲロウ……
生きものたちの奮闘と哀切を描く珠玉の29話。生きものイラスト30点以上収載。

<目次より>
1 空が見えない最期──セミ
2 子に身を捧ぐ生涯──ハサミムシ
3 母なる川で循環していく命──サケ
4 子を想い命がけの侵入と脱出──アカイエカ
5 三億年命をつないできたつわもの──カゲロウ
6 メスに食われながらも交尾をやめないオス──カマキリ
7 交尾に明け暮れ、死す──アンテキヌス
8 メスに寄生し、放精後はメスに吸収されるオス──チョウチンアンコウ
9 生涯一度きりの交接と子への愛 タコ
10 無数の卵の死の上に在る生魚──マンボウ
11 生きていることが生きがい──クラゲ
12 海と陸の危険に満ちた一生──ウミガメ
13 深海のメスのカニはなぜ冷たい海に向かったか──イエティクラブ
14 太古より海底に降り注ぐプランクトンの遺骸──マリンスノー
15 餌にたどりつくまでの長く危険な道のり アリ
16 卵を産めなくなった女王アリの最期──シロアリ
17 戦うために生まれてきた永遠の幼虫──兵隊アブラムシ
18 冬を前に現れ、冬とともに死す“雪虫”──ワタアブラムシ
19 老化しない奇妙な生き物──ハダカデバネズミ
20 花の蜜集めは晩年に課された危険な任務──ミツバチ
21 なぜ危険を顧みず道路を横切るのか──ヒキガエル
22 巣を出ることなく生涯を閉じるメス──ミノムシ(オオミノガ)
23 クモの巣に餌がかかるのをただただ待つ──ジョロウグモ
24 草食動物も肉食動物も最後は肉に──シマウマとライオン
25 出荷までの四、五〇日間──ニワトリ
26 実験室で閉じる生涯──ネズミ
27 ヒトを必要としたオオカミの子孫の今──イヌ
28 かつては神とされた獣たちの終焉──ニホンオオカミ
29 死を悼む動物なのか──ゾウ

 

 

Amazon Campaign

follow us in feedly

関連記事

あの伝説の一戦「3連勝4連敗」から9年|羽生善治・永世七冠誕生

2017年12月5日、長い将棋の歴史に新たな偉業が刻まれた。羽生善治が竜王位を奪還し永世竜王となり、

記事を読む

ワールドカップ決勝へ|ラグビー名将エディー・ジョーンズの勝負哲学

ラグビー・ワールドカップが面白い。まったくもってニワカなんですが、ルールが分かるとラグビーってこんな

記事を読む

puma

サッカー・データ革命の時代に読んでおくべきこの5冊

データ革命が加速する世界最先端の現代サッカー 「ワールドカップの閉幕、そしてデータドリブン・サッカ

記事を読む

いまこそ将棋がおもしろい|人工知能と不屈の棋士

先月出版されたばかりの『不屈の棋士』を読み終えたところなのだが、これが実に読み応えのある一冊だった。

記事を読む

あの藤井聡太が5回負けた|プロ棋士最終関門・奨励会地獄の三段リーグ

今回のスポーツ総合誌Number、将棋特集第2弾はこれまた読み応えのある記事が多数揃っており、非常に

記事を読む

大ヒット『英国一家、日本を食べる』がなんとNHKでアニメ化|初回放送が予想以上におもしろかった

ちょっと前に『英国一家、日本を食べる』という本が、その続編「ますます食べる」も含めて大きな話題となっ

記事を読む

岡崎所属のレスターシティ奇跡の優勝と、これからのサッカー・データ革命

プレミアリーグ大番狂わせのレスターシティ優勝 ご存知のように、今年の英国プレミアリーグでは、岡崎が

記事を読む

英国一家、最後に日本を食べる&お正月スペシャル

コアな人気を博していたNHK深夜アニメ「英国一家、日本を食べる」。ベストセラーとなった原作も素晴らし

記事を読む

『ヤバい統計学』他で学ぶ数字のセンス|統計リテラシー入門におすすめの4冊

以前にも「『ヤバい統計学』とテーマパーク優先パスの価格付け」で紹介したように、カイザー・ファング著『

記事を読む

ジョジョの奇妙な英語にまさかの続編ガァァァ|あのクールな台詞はこれで学べ

以前に「ジョジョの奇妙な冒険で英語を勉強するなんて、無駄無駄無駄無駄無駄ですか?」でご紹介した英語テ

記事を読む

Amazon Campaign

Amazon Campaign

卒業・入学おめでとうキャンペーン|80年記念の新明解国語辞典で大人の仲間入り

今年もまた合格・卒業、そして進級・進学の季節がやってきた。そう、春は

食の街・新潟県南魚沼|日本一のコシヒカリで作る本気丼いよいよ最終週

さて、昨年10月から始まった2022年「南魚沼、本気丼」キャンペーン

震災で全村避難した山古志村|古志の火まつりファイナルを迎える

新潟県の山古志村という名前を聞いたことのある人の多くは、2004年1

将棋タイトル棋王戦第3局|新潟で歴史に残る名局をライブ観戦してきた

最年少記録を次々と塗り替える規格外のプロ棋士・藤井聡太の活躍ぶりは、

地元密着の優等生|アルビレックス新潟が生まれたサッカーの街とファンの熱狂

J2からJ1に昇格・復帰したアルビレックス新潟が今季絶好調だ。まだ4

【速報】ついに決定|14年ぶりの日本人宇宙飛行士は男女2名

先日のエントリ「選ばれるのは誰だ?夢とロマンの宇宙飛行士誕生の物語」

3年ぶりの開催|シン魚沼国際雪合戦大会で熱くなれ

先週末は、コロナで過去2年間見送られてきた、あの魚沼国際雪合戦大会が

国語の入試問題なぜ原作者は設問に答えられないのか?

僕はもうはるか昔から苦手だったのだ。国語の試験やら入試やらで聞かれる

PAGE TOP ↑