『ヤバい予測学』とフェイスブックデータが示す感情の起伏
フェイスブックのデータ・サイエンティストたちは毎度興味深いデータを見せてくれる。それは「フェイスブックから愛を込めて」で書いた、Love に関するデータにとどまらない。ちょっと前に提示されたのがこちら “The Emotional Highs and Lows of the NFL Season“ だ。
アメリカにおいてNFLそしてスーパーボウルは一年の最大イベントといってもいいほどの盛り上がりを見せる。それは、「世界で最も成功したスポーツビジネス」で紹介したとおりだ。そのNFLを見るファンの心理を、フェイスブックデータを用いて次のように観察している。
Sports fans—and perhaps football fans in particular—know that supporting a team over an entire season can be an emotional roller coaster. There are moments of excitement, pure joy, and crushing defeat that are all core components of any true fan’s experience. It is a fascinating part of human culture that we care so much about our sports teams and let their performances affect our emotions so strongly.
A great thing about Facebook is that it provides a place to freely share our emotions with our friends through status updates. Collectively, these status updates can tell a story about how the millions of NFL fans on Facebook experience the highs and lows of a football season. To measure fan emotion, we anonymously tagged millions of status updates over the course of the season as pertaining to specific NFL teams and then counted the number of positive and negative emotion words (from a predefined list) in each post. The ratio of positive to negative emotion words provides an intuitive and useful measure of how people are feeling about their teams.
NFLファンのフェイスブックへの投稿データを用いて、感情がポジティブに動くかネガティブに動くか、それが試合の経過とともに、そして応援しているチームが勝っているか負けているかによってどう変化するのかをグラフに示している。
まさにこれと同じような分析が書いてあったのが『ヤバい予測学』だ。これは、「ヤバい統計学とテーマパーク優先パスの価格付け」で紹介した一冊『ヤバい統計学』に続く、ヤバいシリーズの最新刊である。
本書『ヤバい予測学』が具体的に取り上げるのが、個人のブログ投稿記事に現れる書き手の感情が、ソーシャルな繋がりとなってどう集団心理に影響を与えるか、という話。それは、どんな商品が売れるか、どんなテレビ番組がヒットするかといったマーケティング面はもちろんのこと、大統領選挙から株価まで、社会・経済・政治のあらゆるところにあらゆる形でショックを起こす。
とくにアメリカにおいては、米国大統領選挙とNFLスーパーボウルの日に、相当数の国民が落ち着かないソワソワした日を過ごしていることがデータをもとに紹介されている。そして翌日から次第に平常に戻っていくのだが、もちろん、応援していた候補者・チームが負ければ気持ちはネガティブに、勝てばポジティブに気持ちが推移しながら、ゆっくりと日常へと帰っていく。
それでは、こうした個々人の感情の起伏とそれが引き起こす(可能性のある)集団心理をどう事前に予想したらよいのか、というのがここでいう予測学(predictive analytics)であり、統計学・経済学だけでなく心理学とも深く関わりながら発展している新しい分野。
本書『ヤバい予測学』の中で解説されるトピックのうち、感情の起伏以外で興味深かったのがプライバシー。実に現代的な課題であり、以前に「ビッグデータの時代と Data without borders」でも書いたように、ニューヨーク・タイムズの記事 “How Companies Learn Your Secrets” でも、小売企業がマーケティングを強めるためにより顧客のプライバシーを探求・詮索・発掘している様子が紹介されている。
ビッグデータでマーケティングと言ってしまうと余りにもキャッチーだが、本書および本シリーズは、アカデミックな観点からの説明が多く、流行りの類書とは一線を画している。本書『ヤバい予測学』の著者エリック・シーゲルは、コロンビア大学でコンピュータ・サイエンスのPh.D.を取得し、その後同大学のアシスタント・プロフェッサーに着任。人工知能や機械学習について研究・教育に取り組んだ後、みずからコンサルティング会社を設立と、何ともアメリカらしいキャリアの持ち主だ。自身の営業ツールとしての出版なのだろうが、そこを割り引いても十分に面白く読める一冊である。
Amazon Campaign

関連記事
-
-
新書『英語独習法』が売れている|認知科学者がおしえる思考と学習
岩波新書の今井むつみ『英語独習法』が売れている。僕自身も大変興味深く読んでおり、これは英語学習者にと
-
-
国語辞典を選ぶならこの4冊がおすすめ:現代語に強い三省堂・豊かな語釈の新明解・安定と安心の岩波・誤用を正す明鏡
目的と用途に合わせてベストの国語辞典を見つけよう 卒業・入学シーズンを前に、そのお祝いとして国語辞
-
-
箱根駅伝「幻の区間賞」と関東学連チーム出場の是非
来年もまた正月から箱根駅伝にくぎ付けとなってしまう、そんな人も多くいることだろう。二日間に渡るこれだ
-
-
敗れざる者たち|藤井聡太に失冠したトップ棋士たちの言葉
もちろん、もう読みましたよね?藤井聡太二冠を表紙にすえ、初めて将棋を特集したスポーツ雑誌Number
-
-
錦織圭の全豪オープンテニスをデータ観戦しながら応援しよう|IBMのSLAMTRACKERが面白い
現代において、スポーツ選手がデータ活用するのはもはや当たり前と言えよう。そしてそれはもちろん監督やコ
-
-
ワールドカップ決勝へ|ラグビー名将エディー・ジョーンズの勝負哲学
ラグビー・ワールドカップが面白い。まったくもってニワカなんですが、ルールが分かるとラグビーってこんな
-
-
永世竜王・渡辺明の『勝負心』は、羽生善治に対する尊敬と憧憬と畏怖
『知ってても偉くないUSA語録』と、『Born to Run~走るために生まれた』に続けて、現在のK
-
-
大学入試数学 不朽の名問100|大人のための「数学腕試し」
世に数多といる数学のファンと猛者のみなさま、この1冊はもうすでに読みましたか? 科学もので知られる人
-
-
スコット・ジュレク『EAT & RUN』は、世界各地を走り尽くし、食べ尽くし、そして語り尽くした名著
ベストセラー『EAT & RUN 100マイルを走る僕の旅』は、とくにランナーにはおすすめ。
-
-
囲碁マネーリーグ|井山裕太五冠が11年連続の賞金王そして1億円越え
囲碁棋士の2021年賞金ランキングが発表され、棋聖、名人、本因坊を防衛し王座、碁聖を奪取した井山裕太