稲垣栄洋の植物論と生き物の死にざま
稲垣栄洋の植物論は大変におもしろい。例えば、『雑草はなぜそこに生えているのか』であれば、そもそも書名のつけかたがよい。こういう、疑問形で書かれたタイトルの新書は良書であることが多い。これは、この本を書くための動機がきわめてクリアであり、その答えを誰もが知りたいというニーズがあることを踏まえているためであろう。以前にベストセラーとなった、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学』もまさにその典型例であり、誰しもが、アレっそういえばなぜなんだろう?と、ふと立ち止まって考えてみたくなるようなクエスチョンは、本一冊を通じて解説するほどに価値あるものなのである。蛇足だが、NHKの番組「チコちゃんに叱られる!」も、身近な疑問から話を展開するという意味で、同じアプローチだよね。
「抜いても抜いても生えてくる、粘り強くてしぶとい」というイメージのある雑草だが、実はとても弱い植物だ。それゆえに生き残りをかけた驚くべき戦略をもっている。厳しい自然界を生きていくそのたくましさの秘密を紹介する。
もうひとつの『たたかう植物』も同様に、読みどころ満載の一冊だ。書名こそ疑問形ではないものの、ふだん動かない植物に「たたかう」という表現は似つかわしくない。つまり、このタイトルだけで、えっどういうこと?という気持ちをわれわれに抱かせるのであり、それだけでまずは著者(もしくは編集者)側の先手必勝が決まったといってよい。このパターンのタイトルには、例えばこれも昔の大ベストセラーとなった『ウェブ進化論』があるだろう。ウェブやネットという言葉が最新技術であった頃、それに合わせて「進化論」ともってきたのは、十分に驚きであり、それゆえに潜在読者の注目を集めるには十分すぎるほどの成果を挙げたといえるだろう。
じっと動かない植物の世界。しかしそこにあるのは穏やかな癒しなどではない! 植物が生きる世界は、「まわりはすべてが敵」という苛酷なバトル・フィールドなのだ。植物同士の戦いや、捕食者との戦いはもちろん、病原菌等とのミクロ・レベルでの攻防戦も含めて、動けないぶん、植物はあらゆる環境要素と戦う必要がある。そして、そこから進んで、様々な生存戦略も発生・発展していく。多くの具体例を引きながら、熾烈な世界で生き抜く技術を、分かりやすく楽しく語る。
いずれにしろ、稲垣栄洋の書籍には、大変おもしろく読ませる植物論が多く、それは書名をつける時点で相当に入念に考えられているであろうと予想されることからも、ある意味期待通りの素晴らしさなのである。まだ読んだことがない人には、ぜひ一読をおすすめしたい。そんな稲垣のもうひとつのベストセラーが、この『生き物の死にざま』である。書名に「死にざま」とは、今回もなかなか思い切ったタイトリングの技術であるが、その内容はまたよくできているのだ。昆虫や動物の本は世の中にあまたあるけれど、その死をメインで扱ったものなどかつてあっただろうか? という逆転の発想が今回とても効いている。誰だって子供のころ、自分が捕まえたセミが虫かごのなかで死んでしまったり、アリを踏みつぶしてみたりと、今思えばずいぶんとヒドイことをしたという思い出があることだろう。もちろん、自分の手で殺していなくたって、道端で死んでいるカマキリや干からびたミミズを見たことなど、いくらでもあるだろう。そんな生き物たちは、一体どのように生き、そしてどのように死んでいくのか、その「様」を描写したのが本書である。やさしいイラストとともに、深く考えさせる内容の本書、ぜひこの機会に読んでみて欲しい。子供にとっては夏の課題図書としてもよいほどの、大人にとってもあの頃を思い出すきっかけになることだろう。
すべては「命のバトン」をつなぐために──
子に身を捧げる、交尾で力尽きる、仲間の死に涙する……
限られた命を懸命に生きる姿が胸を打つエッセイ!生きものたちは、晩年をどう生き、どのようにこの世を去るのだろう──
老体に鞭打って花の蜜を集めるミツバチ、
地面に仰向けになり空を見ることなく死んでいくセミ、
成虫としては1時間しか生きられないカゲロウ……
生きものたちの奮闘と哀切を描く珠玉の29話。生きものイラスト30点以上収載。<目次より>
1 空が見えない最期──セミ
2 子に身を捧ぐ生涯──ハサミムシ
3 母なる川で循環していく命──サケ
4 子を想い命がけの侵入と脱出──アカイエカ
5 三億年命をつないできたつわもの──カゲロウ
6 メスに食われながらも交尾をやめないオス──カマキリ
7 交尾に明け暮れ、死す──アンテキヌス
8 メスに寄生し、放精後はメスに吸収されるオス──チョウチンアンコウ
9 生涯一度きりの交接と子への愛 タコ
10 無数の卵の死の上に在る生魚──マンボウ
11 生きていることが生きがい──クラゲ
12 海と陸の危険に満ちた一生──ウミガメ
13 深海のメスのカニはなぜ冷たい海に向かったか──イエティクラブ
14 太古より海底に降り注ぐプランクトンの遺骸──マリンスノー
15 餌にたどりつくまでの長く危険な道のり アリ
16 卵を産めなくなった女王アリの最期──シロアリ
17 戦うために生まれてきた永遠の幼虫──兵隊アブラムシ
18 冬を前に現れ、冬とともに死す“雪虫”──ワタアブラムシ
19 老化しない奇妙な生き物──ハダカデバネズミ
20 花の蜜集めは晩年に課された危険な任務──ミツバチ
21 なぜ危険を顧みず道路を横切るのか──ヒキガエル
22 巣を出ることなく生涯を閉じるメス──ミノムシ(オオミノガ)
23 クモの巣に餌がかかるのをただただ待つ──ジョロウグモ
24 草食動物も肉食動物も最後は肉に──シマウマとライオン
25 出荷までの四、五〇日間──ニワトリ
26 実験室で閉じる生涯──ネズミ
27 ヒトを必要としたオオカミの子孫の今──イヌ
28 かつては神とされた獣たちの終焉──ニホンオオカミ
29 死を悼む動物なのか──ゾウ
Amazon Campaign

関連記事
-
-
日本人の氏名はなぜこんなにも多種多様にして複雑怪奇なのか?
日本人はなぜにこんなにも自分の名前や家族のルーツに興味津々なのだろうか? NHKの番組だけ取り上げて
-
-
ヒマラヤ山脈でイエティの足跡を発見|雪男は向こうからやって来た
ヒマラヤ山中で伝説の雪男「イエティ」の足跡を発見したと、インド軍が公式ツイッターに写真つきで投稿した
-
-
テニスプロはつらいよ|トッププレイヤー錦織圭とその他大勢の超格差社会
2014年の全米オープンテニスで日本人初のグランドスラム決勝進出を果たした錦織圭。その後の凱旋ツアー
-
-
永世竜王・渡辺明の『勝負心』と、あきらめたらそこで試合終了だよ
渡辺明の新著『勝負心』を読み終えたところなのだが、これが実に面白かった。「羽生世代」に続く、将棋界の
-
-
若き水中考古学者の海底探検記|ガラクタから宝物そして遺跡新発見
「水中考古学」なる学問分野をご存知だろうか? もちろん考古学なら知っている。それの水中版? もちろん
-
-
電子書籍で読む写真集|おすすめ4作品
これだけ多くの電子書籍を読むようになり、もう紙の書籍にこだわらなくなった現代において、それでもなお、
-
-
寝苦しい今夜も嫁を口説こうか|珠玉の芸人エッセイ3冊
以前にも何度かおすすめしてきたように、お笑い芸人が書くエッセイには、なかなかに読ませる面白いものが多
-
-
プロフェッショナルのコンテナ物語
昨晩ひさしぶりにNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀 』を見た。「港のエース、ガンマンの絆」と題
-
-
Wall Street Journal 125周年と、アメリカ現代史
ちょうど昨年、「フィナンシャル・タイムズ(FT)とウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」で書い
-
-
アメリカで最もお世話になったあの老夫婦がこの夏日本にやって来る
僕が米国留学で一番お世話になったのは、ひょっとすると大学院の指導教授ではなく、むしろアカデミックとは