秘境・辺境探検家の高野秀行はセンス抜群の海外放浪ノンフィクション作家
世界の秘境・辺境探検家である高野秀行の作品はどれも類例のない傑作ノンフィクションばかりなのだが、本書『巨流アマゾンを遡れ』もまさに高野にしか書けない内容と言えるだろう。他の人が真似するとキケン、そういう一冊なのである。
河口幅320キロ、全長6770キロ、流域面積は南米の4割にも及ぶ巨流アマゾン。地元の船を乗り継ぎ、早大探検部の著者は河をひたすら遡る。行く手に立ちはだかるのは、南米一の荒技師、コカインの運び屋、呪術師、密林の老ガイド、日本人の行商人…。果たして、最長源流であるミスミ山にたどりつけるのか。波瀾万丈の「旅」を夢見るあなたに贈る爽快ノンフィクション。
まずはここで簡単に現代稀なノンフィクション作家・高野秀行について紹介しておこう。なにしろ高野秀行といえば日本で(世界でも?)唯一の秘境・辺境探検家を肩書とする物書きであり、『謎の独立国家ソマリランド』では、まだ世界から承認されていない「国」ソマリランドへの潜入レポを敢行し、
第35回(2013年)講談社ノンフィクション賞受賞
第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞
BOOK OF THE YEAR2013 今年最高の本 第1位(dacapo)
本屋さん大賞ノンフィクション部門 第1位(週刊文春)西欧民主主義敗れたり! ! 著者渾身の歴史的<刮目>大作 終わりなき内戦が続き、無数の武装勢力や海賊が跋扈する「崩壊国家」ソマリア。その中に、独自に武装解除し十数年も平和に暮らしている独立国があるという。果たしてそんな国が存在しえるのか? 事実を確かめるため、著者は誰も試みたことのない方法で世界一危険なエリアに飛び込んだ──。世界をゆるがす、衝撃のルポルタージュ、ここに登場!
あんなにも大変な思いをしたというのに、日本に帰国したら今度はまたソマリアが恋しくなってしまい、その後の顛末は『恋するソマリア』にまとめられている通りで、
台所から戦場まで!世界一危険なエリアの正体見たり!!アフリカ、ソマリ社会に夢中になった著者を待ち受けていたのは、手料理とロケット弾だった…。『謎の独立国家ソマリランド』の著者が贈る、前人未踏の片想い暴走ノンフィクション。講談社ノンフィクション賞受賞第一作。
『未来国家ブータン』では、雪男探しをきっかけに幸せの国ブータンの実態に迫り、僕自身の観察(「ブータン仏教の聖地・タクツァン僧院に行ってきた」)とは全く違うアプローチになるほどと唸らされ、
「雪男がいるんですよ」。現地研究者の言葉で迷わず著者はブータンへ飛んだ。政府公認のもと、生物資源探査と称して未確認生命体の取材をするうちに見えてきたのは、伝統的な知恵や信仰と最先端の環境・人権優先主義がミックスされた未来国家だった。世界でいちばん幸福と言われる国の秘密とは何か。そして目撃情報が多数寄せられる雪男の正体とはいったい―!?驚きと発見に満ちた辺境記。
そして『イスラム飲酒紀行』では、宗教上飲酒が禁止されているはずのイスラム教国家をいくつも訪れ、現地で密造されている地酒を飲む。そんな体当たりのルポルタージュを仕上げ続ける、ハマる人にはものすごくハマる、第一級のノンフィクション作家なのである。僕は好きだね、この作風(芸風?)。
イラン、アフガニスタン、シリア、ソマリランド、パキスタン……。酒をこよなく愛する男が、酒を禁じるイスラム圏を旅したら? 著者は必死で異教徒の酒、密輸酒、密造酒、そして幻の地酒を探す。そして、そこで見た意外な光景とは? イスラム圏の飲酒事情を描いた、おそらく世界で初めてのルポルタージュ。
そんな高野秀行のもう一つの傑作『アヘン王国潜入記』は、彼が1995年にミャンマー北部の麻薬栽培地帯に7ヶ月も滞在した潜入記録なのである。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それをおもしろく書く」をモットーとする彼らしく、彼にしか書きようがない一冊であり、これが面白くないワケないのだ。
ミャンマー北部、反政府ゲリラの支配区・ワ州。1995年、アヘンを持つ者が力を握る無法地帯ともいわれるその地に単身7カ月、播種から収穫までケシ栽培に従事した著者が見た麻薬生産。それは農業なのか犯罪なのか。小さな村の暖かい人間模様、経済、教育。実際のアヘン中毒とはどういうことか。「そこまでやるか」と常に読者を驚かせてきた著者の伝説のルポルタージュ、待望の文庫化。
著者が「ゴールデン・トライアングル」(黄金の三角地帯)と呼ばれる、タイ、ラオス、ミャンマーの三カ国の国境に広がる《麻薬地帯》に興味を持ったのは、大学時代にまで遡る。当時探検部に所属し「未知の土地」に対する憧れが人一倍強かった著者だったが、そんな地理的な秘境はもはやこの地球上には存在せず、わずかに残ったのが政治的な秘境だけであった。そしてその最たるものが国家そして人間の「暗部」である<麻薬>であり、その栽培を生業としているこの黄金地帯だったのである。
とくに、タイやラオス国内で麻薬に対する締め付けが強まる中、ミャンマーでは1990年代にむしろ生産量が増大し、麻薬の黄金地帯は次第にトライアングルからミャンマー北部の一部地域に集中した「ゴールデン・ランド」へと変貌していった。その土地へ中国側から足を踏み入れた著者が、国境を越える前に「やっとここまでこぎつけた」と心の中で呟いたように、この大地こそが、高野が追い求め続けた地上最後の秘境なのだ。
photo credit: (C)n Burgos via photopin cc
アイ・ラオという名前をもらった著者は、その黄金の大地で反政府ゲリラの闘士と出会い、村人たちと語り、ケシを育てて収穫し、皆と酒を酌み交わす。ケシの花が咲き乱れる中、銃を担ぎカメラに笑顔を向ける兵士の写真は実に印象深い。高野でなければ見ることができない、そして彼でなければ撮ることができなかった一枚なのは間違いない。
麻薬に関するその他数多のルポルタージュと本書が一線を画しているのは、麻薬密売ルートを解明するといったような俯瞰的な客観情報ではなく、現地人が感じているのと同じ手触りと、そして村人の暮らしぶりや考え方に接したいという、著者ならではの性分でありアプローチである。そして高野はそこから農業と麻薬とそして国家というものに思いを馳せる。自ら汗水流して麻薬を栽培した、その原体験が本書を極めて生々しく、そして力強い筆致としているのは間違いないが、実はそれだけではない。本書あとがきに次のように記すように、高野にとってもこれが、憧れ続けた秘境でハードにやり遂げた、そういう何にも代えがたい記録と記憶なのである。
作家であれ、ライターであれ、ジャーナリストであれ、およそ物書きであるなら誰にでもその人の「背骨」と呼ぶべき仕事があると思う。単行本でもいいし、雑誌に書いた一本の記事でもいい。世間で評価されまいが、売れまいが関係がない。とにかく、「自分はあれを書いたのだ」と心の支えになるような仕事だ。私の場合、それが本書である。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それをおもしろく書く」というのが最初の本を出して以来、約二十年変わらない私のスタンスであるが、そのスタンスを最もハードに貫いたのがこの本だ。
体を張り命を賭けるノンフィクション作家・高野秀行。その骨太の「背骨」をぜひ本書で感じ取って欲しい。一度読み始めたら止まらない、中毒になるほど強烈な魅力を放ち続ける、それが高野が書き続ける類稀なルポルタージュなのである。どの一冊も圧倒的な熱量がこもっていておすすめです。
また、「辺境ライター高野秀行の原点『ワセダ三畳青春記』の「野々村荘」こそ日本最後の秘境」にも書いた通り、そんな怪人・高野秀行の生い立ちと成り立ちを知るには、この青春期が最高の一冊と言えるだろう。こちらも激しくオススメ。
三畳一間、家賃月1万2千円。ワセダのぼろアパート野々村荘に入居した私はケッタイ極まる住人たちと、アイドル性豊かな大家のおばちゃんに翻弄される。一方、私も探検部の仲間と幻覚植物の人体実験をしたり、三味線屋台でひと儲けを企んだり。金と欲のバブル時代も、不況と失望の九〇年代にも気づかず、能天気な日々を過ごしたバカ者たちのおかしくて、ちょっと切ない青春物語。
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