*

「ヘンな論文」を書き続ける動機と勇気

公開日: : 最終更新日:2017/06/06 オススメ書籍

高学歴の芸人と言えば? という問いに、ロザンの宇治原と応えるのではあまりにもフツー過ぎる。もう少しツウに答えるならば、ここはぜひともサンキュータツオの名前を挙げたいところである。ご存知(ではないかも知れないけれど)漫才コンビ米粒写経のサンキュータツオ氏は、早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文化専攻博士課程に学び、一橋大学でも教えるアカデミック芸人。

 

それと同時に、国語辞典をこよなく愛する辞書コレクターとしても知られる。それにまつわる薀蓄は実に広く、その含蓄はいかにも深く、それらをリアルに味わうためには、ぜひとも名著『学校では教えてくれない!国語辞典の遊び方』を熟読して頂きたいところだ。

 

「学校で教えて欲しいおすすめ国語辞典の選び方・使い方・遊び方:複数の辞書を比較して使い分けよう」で僕自身も書いたように、本書のように、多種多様の辞書の特色をこれほどまでに魅力的に描写した本は他には存在せず、本書が唯一にして最高の決定版。だからこそ小中学校でも、本書を使うなどして辞書の選び方を教えて欲しいと思わざるを得ない。「国語辞典を選ぶならこの3冊がおすすめ:現代語に強い三省堂・豊かな語釈の新明解・安定と安心の岩波」でも紹介したように、国語辞典とはどれでも一緒などでは決してなく、それぞれに明確な個性があるからこそ、自分が使う目的に合わせてベストマッチするものを積極的に選びとるものだと言えよう。

 

 

rain-drop-window

 

 

そんなサンキュータツオ氏が新刊を出したというのだから、これはもう読まずにはいられない。というわけでソッコーで読み切ったのがこちらの新著『ヘンな論文』だ。なにしろ氏は、国語辞典コレクターとしてだけではなく、珍論文収集家としても名を馳せているのである。そんな彼が厳選した「ヘンな論文」が、ヘンでないわけないのである。

珍論文ハンターのサンキュータツオが、人生の貴重な時間の多くを一見無駄な研究に費やしている研究者たちの大まじめな珍論文を、芸人の嗅覚で突っ込みながら解説する、知的エンターテインメント本!おっぱいの揺れ、不倫男の頭の中、古今東西の湯たんぽ、猫カフェの効果…なかなか見る機会のない研究論文。さがしてみれば仰天のタイトルがざくざく…。こんなことに人生の貴重な時間を割いている人がいるなんて!

 

 

そんな本書に掲載された「ヘンな論文」は全部で13本。世間話の研究では伝説の人物に焦点が当てられ、公演の斜面に座るカップルの観察では男女がいちゃつく適度な物理的距離を測定し、コーヒーカップの音の科学ではシュガーが奏でる音色を分析し、現役「床山」(大相撲力士の髷を結う人)アンケートから、ブラのずれ研究まで、実に多彩だ。しかも、サンキュータツオ氏が図書館で見つけたこうした「ヘンな論文」を単に面白がるだけではなく、その著者である研究者らに直接会って研究の背景にある四方山話まで聞いてしまうというのが、本書の白眉といえるだろう。

 

そこにあるのは、「ヘンな論文」と上から目線でラベル付けする姿勢ではなく、こうした研究に取り組もうとした純粋なまでの動機に対する知的好奇心と、実際に取り組んだ研究者等の勇気と、そして最後までやり切った努力に対する尊敬の眼差しである。だから、こうした「ヘンな論文」をピックアップし、氏が担当するラジオ番組で紹介したことをきっかけに研究者との交流が生まれたことを、本当に喜んでいることが文面から伝わってくる。研究という行為そのものに対する、サンキュータツオ氏の深い愛情が生んだ一冊と言えるだろう。

 

本書で紹介されている13本の論文のうち、僕がもっとも興味をひかれたのは、最後の十三本目を飾る「湯たんぽ異聞」である。そこには、誰も取り組んだことがなかった「湯たんぽ」の収集と類型化そして歴史的文化的考察という新たな分野を開拓した研究者の矜持と、一方では収集品の保存や展示を続けていくことの難しさ、さらには剽窃や盗用といった研究の暗部となる問題点まで、実に多くの視点と課題が詰まっていて読み応えがある。一見して「ヘンな論文」かも知れないが、もしかするとそこには、「ヘンではない論文」以上に多くの学びと問題提起があるのではないかとさえ思えてくる。いずれにしろ、本書を読み、サンキュータツオ氏の研究愛を感じ、僕はますます氏のファンとなってしまったのである。現役研究者必読の一冊。

 

Amazon Campaign

follow us in feedly

関連記事

クラフトビール業界ナンバーワン・ヤッホーブルーイング自慢のIPA「インドの青鬼」の苦みが最高に旨い

今年もまたビールが旨い季節がやって来た。もちろん、クラフトビール飲んでますよね?数年前から盛り上がり

記事を読む

国語辞典ベストセラーランキングに見る人気辞書|中学生以上は新明解、小学生はドラえもんかチャレンジか

国語辞典というのは大変におもしろい。実に個性豊かであるにも関わらず、その特徴は必ずしもきちんと伝わっ

記事を読む

shougi denou sen

永世竜王・渡辺明の『勝負心』は、羽生善治に対する尊敬と憧憬と畏怖

『知ってても偉くないUSA語録』と、『Born to Run~走るために生まれた』に続けて、現在のK

記事を読む

数学ミステリー白熱教室|数学と物理学の驚異のつながり

「NHK『数学ミステリー白熱教室』本日最終回をお見逃しなく」でも書いたように、先週末でNHKの「白熱

記事を読む

『ゼロ・トゥ・ワン』のティールと米国社会の変容『綻びゆくアメリカ』

米国の著名投資家ピーター・ティールが著した『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』が、「今

記事を読む

誰も教えてくれない、科研費に採択されるコツを公開|研究費獲得に向けた戦略的視点

また今年も科学研究費助成事業(科研費)の締切が近づいてきた。今月から来月にかけては、日本にいる数多く

記事を読む

Wall Street Journal 125周年と、アメリカ現代史

ちょうど昨年、「フィナンシャル・タイムズ(FT)とウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」で書い

記事を読む

Kindle電子書籍で手に汗握って読む、箱根駅伝をより面白くするこの3冊

いまや国民的イベントにまで人気が拡大した、正月の風物詩・箱根駅伝。僕も含めて毎年楽しみにしている人は

記事を読む

japanese dictionaries 1

学校で教えて欲しいおすすめ国語辞典の選び方・使い方・遊び方:複数の辞書を比較して使い分けよう

ベストセラーかつロングセラーの3冊の定番国語辞典 数多く存在する国語辞典の中から最初の一冊を選ぶな

記事を読む

puma

サッカー・データ革命の時代に読んでおくべきこの5冊

データ革命が加速する世界最先端の現代サッカー 「ワールドカップの閉幕、そしてデータドリブン・サッカ

記事を読む

Amazon Campaign

Amazon Campaign

科研費に採択されたら使いたい、研究と事務を効率化するクラウドサービスおすすめ2選

研究者にとって4月は特別な季節。それはもちろん日本のほとんどの大学で新

卒業・進級・入学おめでとう|大人になったら自分にベストの国語辞典を自ら選ぼう

桜満開・春爛漫のこの時期、これほどまでに卒業・入学に相応しいシーズンが

【再掲】今年の3月14日は世紀に一度のパイの日だった

すでにご存知の通り、3月14日といえばホワイトデー、ではなくて「パイの

もう一度聞きたい、アメリカの大学卒業式スピーチ5選

アメリカの卒業式シーズンは5月だが、日本でいえば今がまさに大学卒業のピ

春の卒業・入学シーズンを前に国語辞典をしっかり選ぼう|やはりオススメの定番4冊

さていよいよ3月となり、入試の合格発表から卒業式・入学式の季節となった

確定申告の強い味方|クラウド会計が圧倒的に超便利

さて今年も確定申告の時期がやってきた。大学教員を含めサラリーマンであれ

中央アジアを舞台とした傑作漫画『乙嫁語り』|最新刊の精緻な描写が素晴らしい

待望の『乙嫁語り』の最新第10巻が発売された。さっそく読んだのだが、こ

国民栄誉賞受賞|将棋永世7冠羽生善治と囲碁7冠井山裕太

将棋と囲碁という伝統ある世界において、大きなニュースとなったのが、長い

PAGE TOP ↑