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あの藤井聡太が5回負けた|プロ棋士最終関門・奨励会地獄の三段リーグ

公開日: : オススメ書籍

今回のスポーツ総合誌Number、将棋特集第2弾はこれまた読み応えのある記事が多数揃っており、非常に価値ある一冊だったのだが、その中でも個人的に一番面白く読んだのが「地獄で見た光 藤井聡太、三段リーグ敗戦譜~勝者たちの回想~」である。連戦連勝が続く今の藤井二冠からは想像もつかないかも知れないが、若き天才・藤井聡太をもってしても余裕通過とならないのが、プロへの登竜門にして最後の難関が、この「三段リーグ」なのである。

29連勝という途方もない記録を残した藤井聡太が、その直前わずか半年間に5回も敗れていた。プロへの最終関門である三段リーグの厳しさを、これ以上端的に表す事実があるだろうか。盤を挟む相手が手強いだけではない。彼らに手こずり長居をすれば重ねた年齢と敗北が重圧と化す。藤井が過ごした1期で相まみえ、黒星をつけた2人が、地獄のリーグで見たものとは――。

 


 

 

この三段リーグに参加者のうち、トップの成績をおさめた者だけが晴れてプロの将棋棋士となれるのだ。プロ養成所である奨励会に参加する彼らはみな全国の子供将棋大会で圧倒的な強さを見せつけた俊英ばかりである。そのエリートの中からさらに絞り込まれた、1年間に2名だけが許されるプロへの道。それが、奨励会を勝ち抜くのは東大に合格するよりも難しいと言われる所以だ。

奨励会三段に昇段するような兵(つわもの)は、小さいころから別格の強さを誇っている。そんな彼、彼女らが30人ほど集まって、基本的に1年で4人しか通過できない関門、それが「三段リーグ」だ。原則26歳までに狭き門を潜らなければならない過酷さから、同リーグを「地獄」と呼ぶ人もいる。

5年前、その「地獄」を説明するにふさわしい表現が生まれた。藤井聡太が5敗したリーグ――。

2016年4月23日、大阪・関西将棋会館で、第59回奨励会三段リーグの幕が上がった。大抵、月に2度の対局日があり、1日2局指される。半年を1期とし、計18局を戦い上位2人が四段昇段となって、棋士になれる。

29人が参加した第59回の注目は無論、14歳2カ月という史上最年少棋士の誕生だったが、この初日、一人の男が密かに爪を研いでいた。第1局で三段として初勝利を飾った藤井が、午後の第2局で盤を挟んだのが、谷合廣紀だった。

谷合は知る人ぞ知る才人だ。昨年4月に年齢制限ギリギリの26歳で棋士になった彼は現在、東京大学大学院の博士課程で、AIによる自動運転について研究している。当時は東大大学院1年生で、修士課程の研究をしながら、藤井と相対した。

 

 

今回のNumberの特集記事「地獄で見た光 藤井聡太、三段リーグ敗戦譜~勝者たちの回想~」の特徴は、そのプロの道を閉ざされた元奨励会員にもきちんと話を聞いていることだ。プロへの関門・三段リーグの最終日に藤井聡太と対戦した坂井は、激闘を制し藤井に黒星をつける。しかし、その坂井はその後も三年間、三段リーグを突破することができず、年齢制限により2019年に奨励会を退会し、プロ棋士の夢をあきらめた。その彼が、いまあらためてあの時の対藤井戦を振り返り、その一勝の重みを再度実感し、「今後の人生の支えになります。僕の財産です。」と語る言葉に、涙がこぼれそうになる。一方で、同年の三段リーグ初戦で藤井に勝った谷合廣紀は、2000年にようやくだが晴れて三段リーグを突破し念願のプロ棋士としてデビューした。

 

あのとき、同じ対局室で戦った3人、ひとりはいまや将棋界のトップスターとなり、その若き天才に勝利していた2名のうち一人は遅れながらもプロ棋士として舞台に立ち、もうひとりはその晴れ舞台に立つことなく将棋の世界を後にした。これだけ対照的な人生を描くのもまた将棋特有であるように思う。今回のNumber特集記事を読んで思い起こすのが、大崎善生の名著『将棋の子』である。年齢制限という鉄の掟を前に、プロになれるかどうかの瀬戸際でひりひりと焼けつくような毎日を過ごす天才少年たち。夢に破れて去っていった者の中には、その後の消息がつかめない者も多いという。小中学校の時代から10代20代の青春すべてを捧げてきた将棋、その道が閉ざされたとき、ひとは何を思うのだろうか。このノンフィクションはその心の動きを見事に捉え、優しく温かな眼差しで見つめる珠玉のノンフィクションとなっているのだ。Number特集記事にある、三段リーグを突破した谷合、そして夢かなわず退会した坂井、対照的であるはずのふたりが揃って「やっと解放されました」という言うしかないところに、この三段リーグが地獄であることがひしと伝わってくるようだ。

 

青春のすべてを一手一局に! 天才たちの夢と挫折の物語。

奨励会……。そこは将棋の天才少年たちがプロ棋士を目指して、しのぎを削る”トラの穴”だ。しかし大多数はわずか一手の差で、青春のすべてをかけた夢が叶わず退会していく。途方もない挫折の先に待ちかまえている厳しく非情な生活を、優しく温かく見守る感動の1冊。
第23回講談社ノンフィクション賞受賞作

 

 

また、そんな奨励会退会者を主人公に据えたユニークな漫画が、この『リボーンの棋士』である。先の坂井の現実と同じように、この漫画の主人公も26歳の年齢制限までに三段リーグを勝ち抜くことができず、プロ棋士の道をあきらめた。その後はコンビニバイトで生計を立てつつも、人生の目標を失ったように生気のない毎日を過ごしている。そんな彼が、もう一度、今度はアマチュアとして将棋と向かい合い始める、そんな物語なのだ。同じ奨励会退会者、そして現役の奨励会員、アマチュアの強豪などなど、個性豊かなキャラクターも登場し、それぞれのリアルな人生が感じられる、とっても面白い漫画となっているのだ。読んだことない人も多いだろうが、素晴らしい作品であり、もっと多くの人に読んでもらいたいと思っている。

敗北は逆転の母! 挫折の底は再生の胎内!!

プロ棋士養成機関・奨励会で、四段に上がれないまま26歳になった安住浩一は、年齢制限の掟により退会させられ、プロへの道を閉ざされた。そこからは、人から距離を置かれ、年下からも見下される日々。それでも安住は、明るく笑顔で前向きに振る舞った。嫉妬は、湧いてもそれをかき消した。そうしているうちに、眩いほどのプラスオーラが身についた。将棋を忘れて、この生き方でいいはずだ、とも一時は思った。しかし、人生から将棋を切り離せなかった。アマ棋士としてのリスタートを決意する、安住。その棋風は以前とは違う、まったく新しいものに進化していた。

【編集担当からのおすすめ情報】
本作は、将棋に人生を懸ける棋士達の人生ドラマです。スピリッツ誌でも空前の人気を博しています。物語のテーマは「人生のリスタート」。将棋好きな方にも、将棋をあまり知らない方にも主人公・安住の生き様を通じて、挫折を乗りこえることの美しさと将棋界の底知れぬ奥深さを共に体感していただければと思います。

 

 

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