*

若き天才たちの下北沢青春物語|90年代東京のお笑いがスゴイ

公開日: : オススメ書籍

これは、めちゃくちゃ面白い! まだ1月なのに、早くも2022年のベスト・ブック・オブ・ザイヤーに選出したいっていうくらい面白いじゃないですか。それがこの一冊『自意識とコメディの日々』だ。

 

日本の1990年代というのは、J-POPミュージックに代表されるように音楽業界が華やかに盛り上がっていた時代である。しかしそれと同時に、お笑いの世界にも革命が起きていたのである。ダウンタウンに触発され全国の若者がお笑いの道を目指しただけでなく、その勢いと影響は一般大衆にまで波及した。東北生まれから港区育ちまで、ありとあらゆる自意識過剰の男子たちが、自分の母親のことを「おかん」と呼び始め、ただのイケメンに代わって合コンで人気者となったのが、「なんでやねん!」のツッコミをベストタイミングで繰り出せる関西人(自称ふくむ)たちだった。

 

そうあれは、関東の源頼朝が挙兵して京の都に攻めあがったあの日の逆襲として、関西人の脅威が東京を制圧したという空気に包まれた時代だったのである。そのときの東京のアンダーグラウンドお笑いカルチャーの中心が下北沢であり、そこに集いしバナナマンを始めとする煌めくばかりの若き才能たち。それが本書『自意識とコメディの日々』のテーマであり、嬉し恥ずかし青春物語なのである。

 

「俺が世界で一番おもしろい!」という旗印を掲げた異端の若武者たちの戦いは、もうそれだけで熱くて暑苦しい。しかしながら、圧倒的才能と軍勢の前に、本書の主人公オークラは木端微塵となるのだが、彼の人生はそこから始まったとも言える。自分が勝てないと思った天才たちの軍師として活躍する道を見出したオークラは、バナナマンを皮切りに、おぎやはぎ、東京03、ラーメンズ、バカリズムといった多士済々と杯を交わし、義兄弟の契りを結び、そして天下取りを目指してさらに加速していく。

 

っていう超ド級の濃密なドキュメンタリーを見るかのように読ませてくれるのが本書なのだ。知らなかった。あの時代のあの空気感は分かるつもりだけど、そのとき地下でこんなすごい才能のエネルギーが溜まりに溜まって、それがその後の大噴火そして今やテレビで見ない日はないほどの活躍につながっていたなんて。言うまでもなく、本書『自意識とコメディの日々』の著者オークラも、あの時代を築いた稀有な才能の一人である。ただし、彼には自らがお笑いを演じる演者としてのスキルよりも遥かに、お笑いを生み出す作家そしてクリエイターの気質が勝っていたのだ。いまなお現役の放送作家として大活躍中の彼が初めて明かした昔話。しかしそれは、先輩が後輩に吹かす風とはまったく異なり、見て聴いて心地よい、愛に溢れた手触り感のある、そんな過去の物語なのである。

 

お笑いが好きな人にとっても恐らくは初めて知るエピソードが満載であり、なんとあの時あの場所で、あの人とこの人がつながっていたのかぁ、という発見も多いことだろう。そしてそれだけでなく、本書はあの90年代東京という、間違いなく世界の中心にあった当時の空気感を余すところなく伝えているという点で、傑出したノンフィクションとしても読めるのである。1月にしてすでに確定した今年のベストの一冊(笑)、ぜひ読んでみて欲しい。

 

1994年、ダウンタウン旋風が吹き荒れる中、お笑いコンビとしてデビューしたオークラ。しかし、才気あふれる芸人たちを前に「俺が一番面白い! 」という自意識は砕かれ、己の限界を知る。「コント愛なら誰にも負けない」と作家へ転身したオークラは、バナナマン、東京03、おぎやはぎ、ラーメンズ──新たな才能たちと出会い、数々のユニットコントを生み出し、仲間たちとさまざまなカルチャーを巻き込んだ作品を世に出すようになる。天才たちの側で見た誰も知らないストーリー。オークラ初のお笑い自伝。

 

 

Amazon Campaign

follow us in feedly

関連記事

NHKアニメ『英国一家、日本を食べる』が毎回ハイクオリティで、つい新宿・思い出横丁に飲みに行ってしまった

「大ヒット『英国一家、日本を食べる』がなんとNHKでアニメ化|初回放送が予想以上におもしろかった」で

記事を読む

戦略アナリストが支える全日本女子バレー|世界と互角に戦うデータ分析術

女子バレーボールのワールドカップもいよいよ終盤戦。リオデジャネイロ五輪への出場権をかけて瀬戸際のニッ

記事を読む

takoyaki

米国人一家と英国一家が美味しい日本を食べ尽くす

ちょっぴり巷で評判の『米国人一家、おいしい東京を食べ尽くす』を読んでみたら、これが思いの外おもしろか

記事を読む

『科研費獲得の方法とコツ』は、科研費申請予定の研究者必携の一冊

研究者にとっての秋は、科学研究費助成事業(科研費)の締切が迫る時期でもある。今年は11月10日が最終

記事を読む

クラフトビール業界ナンバーワン・ヤッホーブルーイング自慢のIPA「インドの青鬼」の苦みが最高に旨い

今年もまたビールが旨い季節がやって来た。もちろん、クラフトビール飲んでますよね?数年前から盛り上がり

記事を読む

ブラックホールを初めて写真撮影|いまこそ宇宙論がおもしろい

さて先日は、人類史上初めてブラックホールの撮影に成功したという記者会見が世界中で話題となった。「ブラ

記事を読む

ニューノーマルなバレンタイン|恋と愛とチョコレートの経済学

バレンタインな週末がやってきましたね。諸兄の皆様方に置かれましては、ニューノーマルな暮らしの中におい

記事を読む

クリエイター佐藤雅彦が好きだ|最新著『ベンチの足』にみるユニークな視点

佐藤雅彦ほど「クリエイター」という表現が似合う人はいないのでは、と個人的に思っている。アーティストで

記事を読む

スコット・ジュレク『EAT & RUN』は、世界各地を走り尽くし、食べ尽くし、そして語り尽くした名著

ベストセラー『EAT & RUN 100マイルを走る僕の旅』は、とくにランナーにはおすすめ。

記事を読む

これは経費で落ちません|経理部が見つめる人間模様

NHKで現在放送中のドラマ「これは経費で落ちません!」が面白い。多部未華子が演じるアラサー独身女子・

記事を読む

Amazon Campaign

Amazon Campaign

卒業・入学おめでとうキャンペーン|80年記念の新明解国語辞典で大人の仲間入り

今年もまた合格・卒業、そして進級・進学の季節がやってきた。そう、春は

食の街・新潟県南魚沼|日本一のコシヒカリで作る本気丼いよいよ最終週

さて、昨年10月から始まった2022年「南魚沼、本気丼」キャンペーン

震災で全村避難した山古志村|古志の火まつりファイナルを迎える

新潟県の山古志村という名前を聞いたことのある人の多くは、2004年1

将棋タイトル棋王戦第3局|新潟で歴史に残る名局をライブ観戦してきた

最年少記録を次々と塗り替える規格外のプロ棋士・藤井聡太の活躍ぶりは、

地元密着の優等生|アルビレックス新潟が生まれたサッカーの街とファンの熱狂

J2からJ1に昇格・復帰したアルビレックス新潟が今季絶好調だ。まだ4

【速報】ついに決定|14年ぶりの日本人宇宙飛行士は男女2名

先日のエントリ「選ばれるのは誰だ?夢とロマンの宇宙飛行士誕生の物語」

3年ぶりの開催|シン魚沼国際雪合戦大会で熱くなれ

先週末は、コロナで過去2年間見送られてきた、あの魚沼国際雪合戦大会が

国語の入試問題なぜ原作者は設問に答えられないのか?

僕はもうはるか昔から苦手だったのだ。国語の試験やら入試やらで聞かれる

PAGE TOP ↑