*

『ゼロ・トゥ・ワン』のティールと米国社会の変容『綻びゆくアメリカ』

公開日: : 最終更新日:2014/12/16 アメリカ, オススメ書籍

米国の著名投資家ピーター・ティールが著した『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』が、「今年一番のおすすめ経営書」として多方面から評価されていることに異論がある人は多くはないだろう。それくらい、いま世界がその一挙手一投足に注目する人物なのである。

 

 

しかし、今日紹介したいのはその一冊ではなく、彼を主人公に据えたノンフィクション『綻びゆくアメリカ―歴史の転換点に生きる人々の物語』である。2013年にアメリカで出版され大きな話題となったこの大作ドキュメントが、こんなにも早く邦訳されるとは思ってもみなかった。上記『ゼロ・トゥ・ワン』を日本でも米国と同時発売し、かつKindle版も同時発売という素晴らしい仕事をしたNHK出版が、またしてもグッジョブ!

社会の紐帯を失い、人々はどこへ向かうのか。

雇用システムの崩壊、政権の弱体化、貧富の格差……。いま人々は進むべき道を模索している。『ニューヨーカー』の寄稿家が、バイオ燃料の伝道師、コミュニティ活動家など、市井の人々の苦闘する姿から描いた社会の内側。徹底した取材で活写した群像劇は、現代アメリカを肌で感じさせてくれる。全米図書賞受賞・NYタイムズベストセラーの話題作。

 

photo credit: Steve Snodgrass via photopin cc

photo credit: Steve Snodgrass via photopin cc

 

 

本書『綻びゆくアメリカ―歴史の転換点に生きる人々の物語』に登場する主な主役は4人。バイオ燃料の起業家ディーン・プライス、コミュニティ活動家のタミー・トーマス、政界インサイダーのジェフ・コノートン、そしてベンチャーキャピタリストのピーター・ティール、である。全く異なるバックグラウンドを持つこの4人を横軸に、1978年から2012年という長期に渡る時間軸をとって、この間に生じたアメリカの政治的・経済的・そして社会的な変遷を描こうというのが、この大作が意図するところである。

 

邦訳で700ページのこの大著が、しかしながら予想以上にすんなりと読み込めるのは、著者ジョージ・パッカーがジャーナリストにして劇作家というもう一つの顔を持っていることが大きな理由であろう。上記4人の人生の傍らに立ち、その喜びと悲しみを生々しく活写するのみならず、彼らの変容をより立体的に浮き上がらせるために様々な脇役を用意している。それが、ニュート・ギングリッチやコリン・パウエルといった政治家であり、オプラ・ウィンフリーやサム・ウォルトン等のビジネスパーソンであり、そしてフロリダ州タンパとウォール街という特徴的な町なのである。彼らもまた今までのアメリカを象徴する人物であり、だからこそ歴史の転換点に立つ証人としてこれ以上ないほどに相応しい配役と言えるだろう。

 

本書で描かれるように、過去35年間でアメリカは大きく変わった。それは豊かな中産階級の縮小であり地域経済の疲弊であり政治的停滞であり、そして一方では金融イノベーションと新たなアメリカン・ドリームの出現である。その成功者を代表するのが、本書でたびたび登場するピーター・ティールなのだ。しかしその背景には、ティールが育った家庭環境と、秀才の名を一身に受けた学生時代があり、一方ではロースクールを卒業してからの挫折と、既存のビジネスの退屈さにやり切れない思いが募っていった、という側面がある。

 

今年一番のビジネス書に『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』を推すことに異論はない。しかし、ピーター・ティールがその著書の中でなぜあれほど読者を煽るような発言を繰り返すのか、それを知るためには、そしてもっと言うならば、そんなティールを時代の寵児として産み落としたアメリカの現在がどのように生じてきたのかを理解するためにも、本書『綻びゆくアメリカ―歴史の転換点に生きる人々の物語』を強く薦めたい。個人的には、『ゼロ・トゥ・ワン』以上に読まれるべき一冊だと思っている。

 

 

Amazon Campaign

follow us in feedly

関連記事

shougi denou sen

永世竜王・渡辺明の『勝負心』は、羽生善治に対する尊敬と憧憬と畏怖

『知ってても偉くないUSA語録』と、『Born to Run~走るために生まれた』に続けて、現在のK

記事を読む

flag of bhutan

西水美恵子著『国をつくるという仕事』が称賛する、ブータン国王のリーダーシップ

ブータン訪問記の続き。 ちょっとブータンまで行ってきた。 ブータンではみんな王室と国王と

記事を読む

マラソンランナー大迫傑という生き方|東京五輪で引退する「愚か者」

オリンピック最終日に開催され、最も注目されるともいってよい種目が、男子マラソンである。そして今年の東

記事を読む

[若きテクノロジストのアメリカ]宇宙を目指して海を渡る~MITで得た学び、NASA転職を決めた理由

『宇宙を目指して海を渡る~MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』を読み終えた。少年の頃に天体に

記事を読む

売れっ子プロデューサー川村元気の本気の「仕事。」論

川村元気。この名前をどこで聞いたか覚えていますか?大ヒット映画『電車男』のプロデューサーとして?ベス

記事を読む

アメリカ大統領選挙まであと数日|敗者の演説で振り返るステーツマンシップ

ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの、泥仕合のまま迎えることとなりそうな米国大統領選挙。8年前

記事を読む

【速報】ついに決定|14年ぶりの日本人宇宙飛行士は男女2名

先日のエントリ「選ばれるのは誰だ?夢とロマンの宇宙飛行士誕生の物語」でも紹介していたように、 宇宙

記事を読む

春の卒業・入学シーズンを前に国語辞典をしっかり選ぼう|やはりオススメの定番4冊

さていよいよ3月となり、入試の合格発表から卒業式・入学式の季節となった。素敵なサクラが咲くよう期待し

記事を読む

夏休みに素敵な1冊を探そう|知的好奇心旺盛な10代のための読書地図

いまどき新聞なんてほとんど読まない、そんな人が増えてきた現代である。しかしながら、書評欄を楽しみに週

記事を読む

「もっとヘンな論文」がついに登場|アカデミック・エンターテインメントの最高峰

NHK Eテレの番組「ろんぶ~ん」をご存知だろうか?ロンブー淳が司会を務める、アカデミック・エンター

記事を読む

Amazon Campaign

Amazon Campaign

卒業・入学おめでとうキャンペーン|80年記念の新明解国語辞典で大人の仲間入り

今年もまた合格・卒業、そして進級・進学の季節がやってきた。そう、春は

食の街・新潟県南魚沼|日本一のコシヒカリで作る本気丼いよいよ最終週

さて、昨年10月から始まった2022年「南魚沼、本気丼」キャンペーン

震災で全村避難した山古志村|古志の火まつりファイナルを迎える

新潟県の山古志村という名前を聞いたことのある人の多くは、2004年1

将棋タイトル棋王戦第3局|新潟で歴史に残る名局をライブ観戦してきた

最年少記録を次々と塗り替える規格外のプロ棋士・藤井聡太の活躍ぶりは、

地元密着の優等生|アルビレックス新潟が生まれたサッカーの街とファンの熱狂

J2からJ1に昇格・復帰したアルビレックス新潟が今季絶好調だ。まだ4

【速報】ついに決定|14年ぶりの日本人宇宙飛行士は男女2名

先日のエントリ「選ばれるのは誰だ?夢とロマンの宇宙飛行士誕生の物語」

3年ぶりの開催|シン魚沼国際雪合戦大会で熱くなれ

先週末は、コロナで過去2年間見送られてきた、あの魚沼国際雪合戦大会が

国語の入試問題なぜ原作者は設問に答えられないのか?

僕はもうはるか昔から苦手だったのだ。国語の試験やら入試やらで聞かれる

PAGE TOP ↑