若き冒険家のアメリカ|植村直己『青春を山に賭けて』
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最終更新日:2015/12/20
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NHK-BS で放送されている「ザ・プロファイラー|夢と野望の人生」をご覧になっているだろうか?以前に「手塚治虫の夢と野望と欲望と嫉妬:アトムとAKIRA」で書いたように、この番組が取り上げた手塚治虫の回が僕には衝撃的であった。漫画の神として君臨したあの手塚治虫がこんなにも、石ノ森章太郎や大友克洋の若き才能に嫉妬していただなんて!
というように、NHKのこの番組は日本および世界の天才・奇才・異才の人生に迫る内容なのだが、「夢と野望の人生」という副題が示すように、世界中の人々に夢と希望と感動を与えたという正の側面だけでなく、その背景に隠し持っていた野望や欲望や嫉妬という負の一面にまで踏み込んだ点に、極めて優れた番組視点が感じられる。

Photo by Lloyd Smith
その先週の放送が、「“死ぬも生きるも、ただ一人だ”~冒険家・植村直己~」であった。
人類史上初めて、五大陸の最高峰を制覇するという偉業を達成した冒険家・植村直己。しかも、そのうちの4つは、たった一人での「単独行」だった。その植村が、次に向かったのは、何と“北極”。イヌイットと暮らし、犬ぞりの技術を身につけた植村は、北極点への単独行という、またしても人類史上初の偉業を成し遂げる。だが、それも植村にとっては、心に秘めた本当の冒険への序章に過ぎなかった。植村が目指したものとはいったい?
この番組を今回もまた大変興味深く視聴したのだが、その中でも個人的に印象に残ったのが、ヨーロッパの山々に挑戦する前に植村がまず最初に向かったのがアメリカだったということだ。1964年、大学を卒業した植村は、横浜港を出港する移民船に乗り込んでロサンゼルスへと向かう。そして到着した豊かな国アメリカで、まずは登山資金を稼ごうと農園で仕事を始める。それはメキシコからの移民たちと一緒に、照りつける太陽の下、腰をかがめてブドウを一日中刈り取るような重労働の連続であった。
しかし、植村の表情はいつも明るい。それは彼にはいつも、世界の山々に登るという夢と野望があったから。だから、現地の警察に不法就労で捕まった際にも、その熱意を伝えることで何とか日本への強制送還を免れることができたのである。そんな植村のアメリカ時代は、著書『青春を山に賭けて』にも描写されているように、農園で知り合った女性との淡い恋も含め、まるでアメリカ西海岸の気候そのままに、突き抜けるほどに明るく清々しい。これはもう、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』に比肩するほどの、青春記の傑作と言えるだろう。
もうひとつ、今回のNHK「ザ・プロファイラー」で興味をもったのが、ゲストとして登場した石塚真一のコメントだった。「最強のクライマー夫婦物語『凍』と、山岳救助漫画『岳』」でも書いたように、山岳漫画の傑作『岳』。その作者である石塚は、漫画の主人公・三歩のモデルとなっているのが、じつは植村直己なのだと解説する。これは全く知らなかったのだが、それほど石塚に鮮烈な印象を残したのが、冒険家・植村の数々の挑戦だったそうなのである。
というように、毎回興味深い人物を取り上げ、関連の深いゲストを招き、そして歴史の裏側に光を当てるこの番組、次回放送は「俺は“英雄”なんかじゃない~アラビアのロレンス~」。これも間違いなく面白くなりそうな企画ではないか。ぜひお楽しみに。
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