手塚治虫の夢と野望と欲望と嫉妬:アトムとAKIRA
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最終更新日:2017/01/11
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先日のNHK番組「ザ・プロファイラー~夢と野望の人生~」をご覧になっただろうか?テーマは「手塚治虫 マンガの神様は究極の欲ばり」と、手塚漫画ファンにとっては、絶対に見逃せない内容だったのである。しかも、ゲストには何と浦沢直樹が登場し、日本漫画史における手塚の位置づけを解説する他、即興で手塚漫画のキャラクターを描画実演する等々じつに見所豊富。こんな注目の番組を見損なったなんていう人は日本全国皆無だと信じたいけれど、もしも万が一にも逃しちゃっていたならば、来週火曜日の再放送は絶対に見てね。
本番組でも、個人的に最も興味深く視聴したのが、手塚治虫の歳を重ねても果てることない欲望と、それゆえの若き才能に対する絶え間ない嫉妬である。漫画界の第一人者を自認する手塚は、読者が常に自分の作品についてくることを望んだ。その欲望が彼の創作の源泉でもあったわけだが、しかしながらそのエネルギーはしばしば、他の漫画家や他の作品に対する粘着的な嫉妬へとつながった。
よく知られるところだが、石ノ森章太郎の登場は手塚にとって最初の大きな衝撃となった。『サイボーグ009』を始めとする作品群で日本中の読者を熱狂させたばかりか、その詩的な描画スタイルは天才漫画家・手塚治虫に対しても鮮烈な印象を与えた。自分にはない新しい手法で新しい作品を生み出し、そして新しいファンを獲得していく石ノ森章太郎の才能に、手塚は猛烈に嫉妬する。そしてその結果・・・。
続いて手塚の前に現れたのが、大友克洋だった。ご存じ『AKIRA』が描いた世界観はこれまでの漫画とは一線を画し、その精緻なデッサンは読者を驚かせた以上に、同業の漫画家たちにショックを与えた。その衝撃をまともに受けたのが、もしくは自ら真正面から受けて立とうとしたのが、他ならぬ手塚治虫だったのである。「あのくらい、自分にも描ける」と大友作品を当初一蹴した手塚だったが、後年自らが認めるように「あんな画を描かれては降参するより仕方ない」ほどに、大友の存在は手塚の自信と自負を打ち砕いたのだ。
ちなみに、同じくNHKでは以前の番組で「~アトムとAKIRA~大友克洋が語る手塚治虫」という素晴らしい特集を放送しているのだが、ご覧になっただろうか?日本史における二人の巨人の関係に迫った傑作であり、大友がなぜ自分の師匠でもない手塚治虫に対し、AKIRA完結編の最後で謝辞を述べたのか、その理由が大変に印象深い。こちらもぜひご覧頂きたい番組だ。
最後に、今回の「ザ・プロファイラー」にゲスト出演していた浦沢直樹の解説を紹介しておきたい。彼はいま大学で漫画について講義しているのだが、日本漫画史を振り返る中で、革命的記念碑となった作品が過去2つ存在するという。その一つが手塚治虫の『新宝島』であり、もう一つが大友克洋の『童夢』なのである。浦沢が述べるように、日本漫画史がそれまで『新宝島』の以前と以後で分けられていたものが、今度は『童夢』以前と以後で分けられようとしている。それくらい革新的だった大友の登場に、自分が頂点に君臨して築いてきた燦然と輝く日本漫画史が完全に塗り替えられようとしていると、手塚本人の恐怖はどれだけのものだったことか。
しかし、大友自身が自分の言葉で述べるように、漫画家にとって手塚治虫とはいまなお圧倒的な巨人であり、現代の作家にとってもその巨人の肩の上に乗っているからこそ、その先へと進むことができている。そんな手塚の作品が、今なお新鮮に読めるというのは、現代の読者にとってものすごく幸せなことだと言えるだろう。以前にも紹介したが、Kindle電子書籍の手塚治虫特集の充実ぶりには目を見張るものがある。ぜひ今こそもう一度、手塚作品を味わいたいところである。
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