クラウドソーシングの衝撃:世界最大手Freelancer.comの上場と業界再編
「クラウドソーシング・サービスの使い方: 世界最大の Freelancer.com が早くて安くて素晴らしい」で、詳しくそのサービスの使い方を説明したように、この業界の世界最大手 Freelancer.com (フリーランサー・ドットコム)は、従来の業界常識を木っ端微塵にしてしまう、そんな破壊的イノベーションの典型例と言えるだろう。
良いサービスが早く安く使えるのは、ユーザーとしては大変素晴らしいことではある一方で、その市場で勝ち残るのは並大抵のことではない、という思いを強くしながら、今回紹介するこの本を手にした。
本記事の目次
クラウドソーシング市場を概観した一冊
昨年出版された『クラウドソーシングの衝撃』を興味深く読んだ。成長著しいこの市場の特性が整理されており、手がけている業務別に主要企業が分類されている他、どういう仕事でどのように使うべきかといった提言まで含まれている。この新しい市場を概観する類書がまだ少ない中、本書は貴重な業界本となっている。
本書のポイントをまとめると、以下の3点になるだろう。
従来の方法では達成できないコストダウンや開発スピードアップが可能となる
クラウドソーシング・サービスを利用する人の多くは、こうしたコストダウンやスピードアップを期待していることだろう。それが期待以上の成果をもたらすのがクラウドソーシングである、というのが著者らの主張だ。従来型の自己改善努力では、実現できるコストダウンが10%程度、開発スピードアップも20%程度が限界ではないかと指摘し、50-90%のコストダウンや4-10倍の開発スピードアップが実現できるクラウドソーシング時代には、自己努力だけではライバル企業と戦えない、と言及する。「競争ルールを根本から変えてしまう」クラウドソーシングは、企業の生き残りにとってもはや活用が必須だと喝破する。
ある程度の英語力があれば海外からの受注が簡単に実現可能
海外と国内のクラウドソーシング・サービスを比較しながら、海外市場の方が成長スピードが早く、かつ同等の仕事内容でもより安価に発注できることに着目し、クラウドソーシングのメリットを最大化するならば海外サービスの利用と英語コミュニケーション能力が欠かせないと述べる。「現在、日本国内のクラウドソーシング市場において成功しているワーカーであっても、英語でのコミュニケーションができない限り海外からの参入が本格化した場合、国内市場だけで仕事を獲得し続けるのは厳しくなる」という指摘だ。逆に言えば、一定度の英語力を用いて、いちはやく海外クラウドソーシングに参入することが、勝ち続けるための条件となるのだろう。
クラウドソーシング時代にはこれまでと異なるマネジメント能力が必要となる
本書の内容でもう一つ興味深かったのが、クラウドソーシング時代に必要となるマネジメント能力について。具体的にクラウドソーシングを利用するにあたっては、自社の仕事の強みと弱みを明確に理解した上で、仕事を定義・標準化して不得意な部分を発注すること、一方では発注後のワーカーの進捗・スケジュール管理とアウトプットの評価が不可欠となる。もちろん、最初から最後まで英語でのコミュニケーションも必須だ。こうした能力は必ずしもクラウドソーシング独自の要求事項ではないものの、マネジメント能力の欠如が表面化し、仕事を管理する上で深刻な問題となるのが、クラウドソーシング時代の特徴なのだ。
photo credit: NathanaelB via photopin cc
Freelancer.comを利用した英語論文校正の衝撃的体験談
本書『クラウドソーシングの衝撃』の指摘はいずれも大変に興味深い。しかしながら、クラウドソーシング・サービスのインパクトは、実体験してこそ「衝撃」となって伝わるものだと思う。僕がこの市場に並々ならぬ関心を持っているのは、まさに自分自身の経験として想像を絶するほどの衝撃を受けたからに他ならない。
「Freelancer.com の衝撃:英語論文校正・添削の新時代」で紹介したように、同市場の最大手 Freelancer.com (フリーランサー・ドットコム)を利用して英語論文の校正を依頼したのだが、その価格の安さと品質の高さに目眩がする思いがしたのだ。論文校正の専門会社と比べても圧倒的なスピードで、5分の1から10分の1という値段で、同程度もしくはそれ以上のクオリティを経験してしまうと、もうそれ以前のサービスには戻れない。
同サイトは、翻訳・コラム執筆から、データ収集・整理・分析、そしてデザインやプログラミングまで、ありとあらゆる仕事を世界中のフリーランサーに 個人to個人で受発注するマッチングサイトである。うまく使えばコストを抑えながら仕事の効率を劇的に高めることができる、非常に役立つサービスだ。僕が論文校正を依頼した経験を詳しく解説したが、基本的な流れは次の5ステップとなっている。
- 仕事の依頼書(タスク、予算、納期)をアップする
- 世界中のフリーランサーが入札に応じる
- その中から一人を選び仕事を発注する
- アウトプットを受け取る
- 料金を支払う
いいフリーランサーに巡り会えるかどうか、それが最大のネックになるだろうが、発注前には各フリーランサーとメッセージをやりとりすることが出来るので、その対応をチェックして信頼できそうな人を選ぶことが可能だ。また、オンラインサービスによくあるように、各フリーランサーの過去の実績と発注者からのレピュテーションを確認することもできるので、こうした情報も参考資料となった。
もう一つの課題は、アウトプットがイメージと違った場合の対応だが、これは発注者がアウトプットを精査して修正を依頼することが可能だ。実際に僕も、論文校正でなぜそのような修正を入れたのか、詳細な説明を求めたところきちんとした返事が帰ってきたため、先方に対する信頼感がむしろ増したほどである。
だからその後再びこのサービスを利用した際には、同じ人物を指名してお願いすることにした。そのことで上記5ステップのうち最初の3つまでをスキップすることができるわけだから、大幅な時間短縮という意味で僕にとっても指名依頼はプラスなのである。このサービスを使いこなせるようになるまで、若干の経験が必要になるだろうが、Freelancer.comやその他のクラウドソーシングを利用した仕事の効率化は、論文校正だけでなくその他多くの分野においても必要なノウハウになるのではないかと思う。
photo credit: Choconancy1 via photopin cc
Freelancer.com 上場の衝撃
クラウドソーシング・サービスは、フリーランスで働く日本人にとっても世界中から受注する格好の機会となる。とくにFreelancer.com のような海外サービスの場合、基本的には英語での受発注となるため、日本人フリーランサーは決して多くはない(つまり競合相手が少ない)。だからこそ英語から日本語への翻訳業務などは値段が高止まりしており、「日本語話者としてのアドヴァンテージ」として紹介したように、割のよい仕事となっているように思う。同様のことが上で紹介した『クラウドソーシングの衝撃』の中でも述べられている。曰く「一般的に日本語書くのは外国人には難しく、(海外クラウドソーシング・サービスでは)そういったスキルを持つ人材が少ないため、比較的単価が上がりやすくなっている」。
また、「クラウドソーシングと、グローバルな人材獲得競争」で書いたとおり、クラウドソーシング・サービスは決して、先進国の仕事を発展途上国にアウトソースしているだけではないのである。もちろんそういう側面が強いのは事実である一方、先進国のフリーランサーも続々とこの労働市場に参入しているのである。実際に僕が論文校正を依頼したのも、英語圏先進国に住むプロフェッショナルだった。
そういうところに目を付けたのか、「世界最大手のFreelancer.com をリクルートが買収か」というニュースが流れたのが昨年9月のこと。リクルートの大型買収かつ世界展開という点で大変注目したニュースだったのだが、そのさらに上を行ったのが、Freelancer.com が上場したという昨年11月の報道(Wall Street Journal)だった。しかも結果的には、リクルート社が買収価格として提示した400億円を遥かに超える1,000億円の時価総額となったワケだから、いかに急成長市場であるこの業界と、その中の最大手企業に対する期待が高いか、改めて見せつけられたようだ。
Freelancer.com 上場が引き金となった業界再編
同社上場の翌月に再びこの業界に注目が集まった。それが、業界2位のODesk(ユーザ数500万人)と、同3位のElance(同300万人)の合併だ(Bloomberg)。その挑戦を受ける Freelancer.com はユーザ数1,000万人超を誇る業界最大手であり、合併企業の合計ユーザ数(800万人)よりも規模は大きい。それでも今後のこの市場は、2強時代を迎えたことになる。これからどんな競争をお互いに仕掛けていくのか興味は尽きない(参考:Elance CEOが語る -「企業は正社員とフリーを使い分ける時代に」)。
日本国内市場ではランサーズとクラウドワークスの大手2社があるが、英語関連の仕事はもちろんのこと、デザインやプログラミング等の英語とは直接の関係がない業務であっても、市場参加者そして入札者の数が遥かに多いために、Freelancer.com や Elance のような世界大手を使ったほうが圧倒的にコストパフォーマンスは高い。こうしたサービスをぜひとも一度使ってみて、その「衝撃」を味わってみて欲しい。クラウドソーシングというのは、意外なほど僕らの身近にある、極めて使えるサービスなのである。
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