アートは小説よりも奇なり:盗作と贋作の歴史、美術ノンフィクションが面白い
なんと、僕が好んで読む美術ノンフィクションの傑作が2冊も文庫版として再登場しているではないか。『ギャラリーフェイク』や『ゼロ』といった名作漫画のテーマにもなっているように、アートの歴史はミステリーとサスペンスの歴史でもある。とくとご鑑賞あれ。
本記事の目次
フェルメールになれなかった男: 20世紀最大の贋作事件
以前に「寡作と盗作と贋作のフェルメール」で書いた『私はフェルメール』が、文庫版となって再登場。その本書の主役が、稀代の贋作者ファン・メーヘレンだ。完璧とも言える模倣技術を身につけ、次々とフェルメール作品を「創造」していった彼は、しかしその結果ナチスに追われることとなる。自分の命を守るために最後に彼は、自分が偽物であることを自ら告白する。ホンモノのニセモノ作りに命をかけ、動乱の時代を生き抜いた一人の人間の数奇な人生を軸に、美術界のダークな裏側を見せつける本作は、間違いなく美術ノンフィクションの傑作と言える。
FBI美術捜査官
「アメリカ史上最大の美術品盗難事件、いよいよ解決か」で紹介した本書『FBI美術捜査官』にも、文庫版が出版された。1990年3月18日、ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館において、警官を装った2人組が、フェルメールの「合奏」、レンブラントの「ガラリアの海の嵐」、マネの「トルトニ亭にて」等々合計13点の美術作品を奪って逃走した。被害総額は5億ドルに上り、史上最大の盗難事件となった。本書『FBI美術捜査官』は、ガードナー事件において、FBIの組織的へまによって千載一遇の犯人逮捕のチャンスを逃したという点が一番の読みどころとなっている。
フェルメール全点踏破の旅
「寡作と盗作と贋作のフェルメール」で書いたように、フェルメール人気の一部は、作家や作品が持つ謎めいたエピソードにある。まずもって、フェルメールは寡作の画家であり、現在世界で三十数点しか残っていないというのは、レンブラントと並び17世紀のオランダ美術を代表する画家としてはあまりにも少ない。しかし、その希少性が人を呼び集め、不幸なことにしばしば盗作や贋作の対象となってきた。「全点踏破の旅」が可能なのは、それだけホンモノ作品の数が少なく、かつオランダ・デルフトを含めても世界の少数の都市に集中して現存しているからこそなのである。
盗まれたフェルメール
そのフェルメールと盗作という、切っても切れない縁に迫ったのが本作。朽木ゆり子にはフェルメールを題材とした著作が多いがそのどれもが読み応えあるノンフィクションとなっている。
フェルメール 光の王国
生物学者の福岡伸一が著した『フェルメール光の王国』は、個人的にはフェルメールについて書かれた著作として最高の一冊だと思っている。それはフェルメールの足跡を追ったノンフィクションであると同時に、福岡自身が長い間恋焦がれてきたフェルメールの謎を解こうと歩き続きた著者自身の足跡をまとめたエッセイでもある。「フェルメールへの誘い」で告白したように、僕をフェルメール巡礼の旅に招いたのが本作だった。全日空の機内誌で知ったこの美しいエッセイに惹かれ、上品な文章に魅せられ、思わず全日空本社に電話してバックナンバーを取り寄せたのも、今ではいい思い出だ。
ムンクを追え! 『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日
フェルメールを追ったのが『FIB美術捜査官』であるならば、盗まれたムンクの叫びを追ったのがこの『ロンドン警視庁美術捜査班』だ。FBIとは異なり、無事に「叫び」を取り返した成功物語となっている。
偽りの来歴 ─ 20世紀最大の絵画詐欺事件
これも「美術品盗難事件と来歴のミステリー」で紹介した一冊。「来歴」とは作品が作者の手元を離れてからその後誰の所有となったのか、その経歴のことを指す。美術品売買においては、作品の価値だけでなく来歴が価格決定の重要な要素になることが多い。実際、先日のNHK「突撃アッとホーム」での坂本龍馬暗殺直前の手紙大発見においても、手紙の価値が1,500万円と鑑定されていたが、そこまでの高額となった理由の一つに、この手紙を桂小五郎が所有していたという「来歴」の良さが挙げられていた。というように、来歴が重要な鑑定要素となるからこそ、その来歴を偽って高値で売り捌こうという邪な動機が芽生えてくるわけであり、それが本書のテーマ。美術作品の見方を変えるインパクトに溢れた一冊なのである。
東洋の至宝を世界に売った美術商: ハウス・オブ・ヤマナカ
フェルメールに関する著書が多い朽木ゆり子が、日本美術をテーマに取り組んだ意欲的な一冊。「なぜ日本の国宝級名品がアメリカの美術館にあるのか?」で書いたように、戦後アメリカの大富豪たちに積極的に日本美術を販売した日本企業があった。それが山中商会。歴史に埋もれていたこの商社を発掘し、日本美術史に新たなページを追加した貴重な一冊だ。
楽園のカンヴァス
最後に美術ノンフィクションではなく「フィクション」として抜群に面白かった一冊を紹介。それが「今年の本屋大賞は『海賊とよばれた男』だったけど、アート・サスペンス『楽園のカンヴァス』もすごくよかった」で言及した、原田マハ『楽園のカンヴァス』。美術館のキュレーター、オークションハウス、アートコレクター、そして美術盗難専門の警察官等々、これでもかと役者が揃った極上のアート・サスペンスだ。原田マハ自身がキュレーターとして美術館で働いた経験があるため、細部に渡ってアート業界の薀蓄が散りばめられており、アートに対する愛情と熱情が一杯に詰まった本作は、すべてのアートファンにおすすめしたい一冊である。
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