アート界を震撼させた本物のニセモノ|贋作師ベルトラッチの数奇な人生
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最終更新日:2017/12/11
アート, オススメ番組・映画・ドラマ
先日放送された NHK-BS 世界のドキュメンタリー「贋(がん)作師 ベルトラッチ ~超一級のニセモノ~」 がものすごく面白かったので、簡単に紹介しておこう。これは美術業界にとって世紀のスキャンダルとなった、天才贋作師・ウォルフガング・ベルトラッチにまつわるドキュメンタリーである。以下の番組紹介にもある通り、圧倒的な絵画技術によって、素人の美術品コレクターはもちろんのこと、鑑定士からギャラリストそしてオークショニストまで、業界のプロたちまでをことごとくそして鮮やかに欺いた、本当の物語なのである。
被害総額45億円以上、2000点に及ぶ有名画家のニセ作を販売した世紀の贋作画家・ベルトラッチが創作の裏側を公開。彼はいかにして美術業界全体を騙すことができたのか。マックス・エルンスト、フェルナン・レジェなど20世紀アーティストの精巧な贋作を本物として売り続けたウォルフガング・ベルトラッチ。美術史、絵画の理論、技術のすべてに造詣が深く、既存のコピーではなく“本人が描いたに違いないと思わせるオリジナル作品”を生み出していた。のみの市で画材を探すところからアトリエで贋作を仕上げるまで、驚愕の制作手法も再現。美術作品の価値とはいったい何なのか、を我々に問いかける。
しかもこのドキュメンタリーでは、些細なミスから逮捕に至ったベルトラッチが、刑務所に収監される直前のテレビカメラに対し、これまでどのようにして世界最高品質のニセモノを創造してきたのかを包み隠さずに語ったのである。これが面白くないわけがなかろう。というわけで、僕自身も食い入るように見てしまったこの番組で、特に印象に残った点が次の3つだ。
一つ目は、ベルトラッチの知識量である。美術史に詳しいのはもちろんのこと、作家ひとりひとりの人生についても調べ上げており、それがそのまま彼の贋作戦略に結びついているのである。彼が自ら語っているように、贋作のターゲットには2種類あるのだ。一つは著名な画家が描いたことは分かっているがその後行方不明となっている作品であり、もう一つは画家の人生の中にある空白期間なのである。
まず、行方不明となった作品というのは、カタログに掲載されるのがその絵の「タイトル」と簡単な解説だけだったりするのである。つまり、ほとんどの人にとっては見たことがない作品なわけであり、だからこそ贋作の対象とするのだ。これは実際に存在するが何らかの理由で表に出てこない作品を模倣するという戦略なのだ。もう一つの戦略、画家の空白期間を狙うというのは、その画家の活動が極めて限定され作品数が少ない時期をねらい、じつはこんな作品を描いていたという触れ込みで贋作を売り込むというパターンだ。これは先の戦略とは異なり、まったくゼロから作った新作のニセモノになるのだ。というように、ベルトラッチが持つ圧倒的な美術と作家にまつわる知識が、こうした複数の贋作戦略を可能にしているというのが、まずもって大きな驚きだったのである。
次に、ベルトラッチの奥さんもまた、この贋作づくりに携わってきたのだが、あまりにも悪びれていないのが印象に残った。むしろ、夫のこの技術と知識を最大限に発揮できるのがこの贋作づくりなのであり、活き活きと仕事に取り組む夫、この業界で圧倒的ナンバーワンとなった夫、そんな彼を誇りに思っているような姿にとても不思議な気持ちがしたのである。
三つ目の印象は、上記とも関連するのだが、実はアート業界全体にとっても贋作がありがたいと思っているふしがあるところである。もちろん、騙された、面子をつぶされた、という恨みつらみは尽きないだろうが、今回の番組でもギャラリー・オーナーが説明したように、贋作とはいえ、これまで行方知れずだった作品や、いままで発見されていなかった作品が市場に出たときの興奮は測り知れない。オークションでは高値で売れ、売った人も買った人も満足。もちろんオークション・ハウスも大満足だし、コレクターがその作品をその後寄贈するとなったら美術館もうれしい。そういう連鎖があるからこそ、それが贋作だとバレるまでは、誰にとってもハッピーな状況が続くというのだ。そういう環境があったからこそ、ベルトラッチ夫妻は長年に渡って本物のニセモノづくりに精を出し、数多くの人を笑顔にし、だからこそ罪の意識に苛まれるというわけではなかったのだろう。こうした犯罪と犯罪者というのは、とても珍しいと言えるのではないだろうか。
最後に、この番組を見て思い出したのが、今回のベルトラッチもそうだが、長いアートの歴史においては、これまでにも何人もの贋作師が活躍し、そして多くの人が騙されてきたということだ。「盗作と贋作のフェルメール|美術作品にまつわる犯罪史」でも紹介した書籍『フェルメールになれなかった男』だけでなく、以下で紹介する『ピカソになりきった男』、そして『世紀の贋作画商』から『偽りの来歴』まで、アート業界にはこれまで多くの「本物のニセモノ」が登場してきたのである。それはつまり、今もまだバレていない贋作が高値で取引されている可能性が多々あること、そして今後もより高精度の贋作が生み出されるであろうことを示唆しているのではないだろうか。歴史的画家の作品を買おうというリッチな皆々様方においては、くれぐれもご注意を。
秀れた才能を持ち、将来を嘱望された画家は、なぜ贋作作りに手を染めることになったのか。第二次大戦終結直後のオランダで、ナチの元帥ゲーリング所蔵の「フェルメールの絵画」に端を発して明らかとなった一大スキャンダル事件に取材。高名な鑑定家や資産家たちをもまんまと欺いた世紀の贋作事件を通して、美術界の欲望と闇を照らし出し、名画に翻弄される人々の姿を描き出した渾身作。
ピカソ、ダリ、シャガール…。30年間、贋作を作り続けた男が明かす、美術界の知られざる実態。真作証明書つきで贋作が出回るからくりとは?アート業界の大組織、大物たちが、実名で生々しく描かれる衝撃のノンフィクション。
9.11テロの関連捜査をしていたFBIがニューヨークで捕えたユダヤ人画商は、日本に驚くほどの数の「贋作」を売りさばいていた。バブル狂乱の前夜から銀座を拠点に暗躍したこの男は、企業、富裕層、美術館を標的に贋作を撤き散らし、作家松本清張にも接触していたという。82年には三越の贋作秘宝事件で世間を驚愕させ、社長解任・逮捕まで巻き起こした。FBIをして「世紀の贋作画商」と呼ばせたその数奇な運命、そして彼の贋作バブルに生命を与え続けた日本人の精神の「膿」を、綿密な取材からえぐり出す。
美術界を震撼させた事件のドキュメンタリー。「来歴」とは美術品が作者の手元を離れてからたどった経歴のことをいう。美術品売買では重要な要素のひとつであり、作品そのものの質よりも来歴が価値を決めることも多い。この事件が過去の贋作事件と大きく異なるのは、犯人たちが作品だけでなく、来歴までも捏造したことにあった。事件の中心となるのは、自称・原子物理学研究者のドゥリューと、元美術教師のマイアット。生活に困窮していたマイアットは名画の模写の仕事がきっかけでドゥリューと知り合い、贋作作家となってしまう。「来歴がきちんとしていれば、ほとんどの売買は成立する」という美術界特有の慣習を知ったドゥリューは、寄贈や寄付の約束を餌にテート・ギャラリーなど著名美術館のアーカイヴに入り、偽造した展覧会目録や売買記録をファイルにはさみ込む。美術館アーカイヴに記録が存在すれば、マイアットが描いた贋作はお墨つきの「ほんもの」となって流通してしまうのである。何をもって美術品の価値とするかという究極的な問題を問いかけ、美術と社会のあり方をも考えさせる一書である。
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