米国人一家と英国一家が美味しい日本を食べ尽くす
ちょっぴり巷で評判の『米国人一家、おいしい東京を食べ尽くす』を読んでみたら、これが思いの外おもしろかった。少し前に出版された『英国一家、日本を食べる』のパクリなんでしょ?と聞かれたら、自信を持って答えたい。間違いなくパクリだね、と。ただそれは書名だけ、なんだけれどもね。
『英国一家』が「美味しんぼ」なら、本書『米国人一家』は「ミスター味っ子」に例えることができるだろう。何しろ、シアトル在住のアメリカ人夫婦が8歳の娘を連れて来日し、一ヶ月だけとはいえ東京に狭いアパートを借りて日常生活をおくり食事した、という記録なのである。しかも住んだ場所が中野ときたもんだ。なんて庶民的!
いいよね~中央線。書籍『中央線なヒト』や『中央線の呪い』を挙げるまでもなく、東京に住むならぜったいに中央線沿い、という人は多い。もちろん僕もその一人であり、それなりの期間を阿佐ヶ谷に暮らして過ごしたのは、文化の香り漂うこの町で濃ゆいオーラを放つ書店「書原の魔力」で書いたとおりだ。
そんな僕からすると、このアメリカ人家族に対し、どうせなら阿佐ヶ谷に住めばいいのになあという気持ちを抱きつつも、中野を選ぶなんていいセンスしてるじゃねえか、ということになる。そして、本書の中で何度も出てくる、中野駅前商店街の「築地銀だこ」だったり「スタバ」だったりスーパー「ライフ」は、いずれも僕自身が行ったことのある店だけに、なんとも不思議な懐かしくも面映い気持ちで読み進めたのである。
本書で紹介されるのは和食というには抵抗のある、ラーメン、焼き鳥、餃子と小籠包、そしてお好み焼きにたこ焼き、といった具合のいわゆるB級グルメである。それはつまり何ら飾ることなく、庶民的なアメリカ人一家が、庶民的な日本の食生活を、いたってフツーに楽しんでいるということなのだ。
photo credit: Yohei Yamashita via photopin cc
日本食を世界遺産にとか、和牛をグローバルブランドに、といった勇ましい掛け声も高い自己評価も、本書とはまったく無縁である。しかし、だからこそ、著者たちアメリカ人家族が日本の食事の中で何を本当に楽しんだのか(そして時には何が楽しめなかったのか)が分かる本書は、極めて等身大のアメリカ人像を描いた好著と言えるのだ。東京の暮らしをアメリカ人が、とくに食事という観点から眺めたらどう見えるか、そういう新たな視点を得るという意味でも、本書は一読に値するものなのである。
Amazon Campaign
関連記事
-
若き冒険家のアメリカ|植村直己『青春を山に賭けて』
NHK-BS で放送されている「ザ・プロファイラー|夢と野望の人生」をご覧になっているだろうか?以前
-
町山智浩最新作『言霊USA2016』は、シリーズ最高の現代アメリカ社会批評だ
以前に、「町山智浩『知ってても偉くないUSA語録』は秀逸な現代アメリカ社会批評」と絶賛したように、町
-
Amazon.com の勢いが止まらない|サイバーマンデーで過去最高売上を記録
株価上昇が続くアメリカ経済の中でも、Amazon.com の勢いはひときわ目を引く。下のグラフを見れ
-
2020年、本ブログで人気だった英語論文ライティングの参考書ベスト5冊
先日のエントリ「いま国語辞典がおもしろい|10年ぶりの大幅改訂による最新版あいつぐ」で紹介したように
-
この国語辞典がおもしろい|比べて愉しい辞書のディープな読み方・遊び方
これはこれは大変に興味深い本が出版されていましたね。その名も『比べて愉しい 国語辞書ディープな読み方
-
キューバに行くなら今が最後のチャンス:アメリカ人観光客が殺到する前に
今年の「ニューヨーク・タイムズが選ぶ、今年絶対に行きたい世界52ヶ所」でも書いたように、今キューバが
-
テニスプロはつらいよ|トッププレイヤー錦織圭とその他大勢の超格差社会
2014年の全米オープンテニスで日本人初のグランドスラム決勝進出を果たした錦織圭。その後の凱旋ツアー
-
『ヤバい予測学』とフェイスブックデータが示す感情の起伏
フェイスブックのデータ・サイエンティストたちは毎度興味深いデータを見せてくれる。それは「フェイスブッ
-
Kindle電子書籍で手軽に読む、勝負師たちの闘う頭脳と揺れない心
Amazon Kindle で電子書籍を出版している数多くの出版社の中でも、KADOKAWA は最も
-
2020年の夏は2つのバンクシー展が開催
以前に「オークション落札のバンクシー作品をシュレッダーで刻むという現代アート」と紹介したように、常に