*

ゴリラ研究者にして京都大学新総長・山極寿一『「サル化」する人間社会』が、もんのすごく面白かった

公開日: : オススメ書籍

現在シーズン2が放送中のNHKスペシャル「ホットスポット」。先月放送された第一回の「謎の類人猿の王国 ~東アフリカ大地溝帯~」を興味深くご覧になった人も多いだろう(ちなみに第二回は今週日曜日放送予定)。もちろん僕もそのうちの一人だ。

 

nhk-gorilla

 

番組の中のハイライトは、ナビゲーターを務める福山雅治が現地に赴き、自然の中に生きるゴリラを観察に行くところだった。わずか数メートルという間近で見るゴリラは、そのゆっくりとした動きが醸す迫力が画面からも伝わってくる。観察中にはゴリラと視線を合わせてはいけないというルールが徹底されており、さらに近づいてくるゴリラの目線を避けるようにして後ろを向く福山のシーンが印象的だった。それくらい近い距離に、野生のゴリラがいるのである。

 

ちなみに、野生のゴリラを見たいという人は世界的に急増しており、いまでは民間の旅行ツアー会社がいくつも参入している分野である。日本からはアフリカまでの距離があり決して身近とは言えない旅行先であること、かつ値段も張ることからまだまだポピュラーな旅とは言いづらい。しかし、海外とくにヨーロッパからはアフリカが物理的にもより近い存在であり、いま野生ゴリラの観察ツアーの人気が高まり、ハイシーズンになると予約が取りづらいという状況にまでなっているようだ。

 

gorilla-tour

 

 

さて、そんなふとしたきっかけでゴリラに興味を持った僕が次に手にしたのが、山極寿一著『「サル化」する人間社会』だった。各紙の報道にもあった通り、著者は先月、京都大学の新総長に着任した人物でもある。京都大学の公式ページ特設サイトでは、総長からのメッセージやインタビューが掲載されている。ただ、僕にとって一番見たい「山極寿一×ゴリラ研究」のインタビューがずっと「近日公開」のままとなっているのが残念でならない。担当スタッフのかた、早いとこアップして下さいね。

 

本書『「サル化」する人間社会』で描かれるのは、もしくは山極寿一のゴリラ研究が明らかにしようとしているのは、アフリカの大自然の中で未だ多くの謎に満ちた野生のゴリラの生態と営み、ではないんだよ。そうではなく、なぜワレワレ人間は家族をつくるのかという人類学的な問いが、ゴリラ研究に取り組むそもそもの出発点となっているのだ。著者が述べるように、「人間の家族という集団は非常に特殊なもので、不思議な集団」なのである。動物全体を見渡してみても、鳥にもオオカミにも、そしてサルにも家族は存在しない。彼らにあるのは、繁殖行動を契機に子育ての期間のみ寄り添うという、極めて限定的な「群れ」でしかないのだ。

 

「人間の人間たるゆえんは『家族』にある」と考える著者が、なぜ我々人間は家族を必要とするのかという疑問から、家族の起源を遡るために着目したのがゴリラだった。ヒトとゴリラ、オランウータン、チンパンジーとの生物学的な違いは2%もないらしい。そんな非常に近い存在でありながら、ゴリラの社会とサルの社会は、全く異なるシステムとルールで動いているのだ。群れの中で序列をつくらず、喧嘩をしても最後はじっと見つめ合って和解する「勝ち負けのない」ゴリラ社会。一方のサルたちは、動物園のサル山を見ても分かるように、ボスを頂点とした明確なヒエラルキーを構築する。

 

それでは一体、人間の社会とは、ゴリラとサルのどちらにより近いのだろうか?もちろん、他者と調和する感性と、序列を好む性格、どちらも人間が有するものである。しかしながら現代の人間社会とは、徐々に個人主義が強まり、家族というつながりが失われ、そして優勝劣敗の風潮が色濃いものとなっているのではないだろうか。そういう人間社会の現在と未来を憂慮した著者が付けたのが、まさにこの本書タイトル『「サル化」する人間社会』だったのである。いまいちどわれわれ人間にとって家族とは何なのか、そういう根源的な問いに向き合うためにゴリラを見つめる著者のその視線は、ゴリラの眼差し以上にあたたかい。

 

photo credit: TeryKats via photopin cc

photo credit: TeryKats via photopin cc

 

本書には著者の長年のフィールドワークを通じて見えてきたゴリラの特徴と魅力が目一杯に詰まっている。「ゴリラと同性愛」「家族の起源」「なぜゴリラは歌うのか」「言語以前のコミュニケーションと社会性の進化」といった章タイトルからも分かるように、こんなにエキサイティングに読める一冊はなかなかないと思う。加えて、人間の現代社会において家族が持つ意味というものに関心がない人もいないだろう。老いも若きも男も女も、人間の社会と家族をあらためて考えてみるきっかけとなる一冊と言える。今年僕が読んだ本の中でもベストといえる好著だと、自信を持っておすすめしたい。

 

 

Amazon Campaign

follow us in feedly

関連記事

japanese igo

囲碁マネーリーグ|井山裕太五冠が11年連続の賞金王そして1億円越え

囲碁棋士の2021年賞金ランキングが発表され、棋聖、名人、本因坊を防衛し王座、碁聖を奪取した井山裕太

記事を読む

スコット・ジュレク『EAT & RUN』は、世界各地を走り尽くし、食べ尽くし、そして語り尽くした名著

ベストセラー『EAT & RUN 100マイルを走る僕の旅』は、とくにランナーにはおすすめ。

記事を読む

リチャード・マシスン『縮みゆく男』と、名医ブラックジャックにも治せない病

普段は僕自身読むことも少なく、おすすめする機会もほとんどないフィクションの分野。だけどこれだけは紹介

記事を読む

『ゼロ・トゥ・ワン』のティールと米国社会の変容『綻びゆくアメリカ』

米国の著名投資家ピーター・ティールが著した『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』が、「今

記事を読む

japanese igo

いま囲碁がとんでもなく面白い:弱冠24歳の6冠井山裕太

先月のNHKプロフェッショナル「盤上の宇宙、独創の一手。囲碁棋士・井山裕太」を見た。あまりにも面白く

記事を読む

英語辞書の決定版|オックスフォード現代英英辞典に最新第10版が登場

オックスフォード現代英英辞典の最新第10版が出版されたのでさっそく購入。これはもう、英語辞書の決定版

記事を読む

シンガポール建国50周年|エリート開発主義国家の光と影の200年

先日で建国50周年を迎えたシンガポール。Economist や、Wall Street Journa

記事を読む

卒業・入学おめでとうキャンペーン|80年記念の新明解国語辞典で大人の仲間入り

今年もまた合格・卒業、そして進級・進学の季節がやってきた。そう、春はいつだって新しい旅立ちのときで

記事を読む

NHK「最後の講義」物理学者・村山斉を見逃すな

先日のNHK「最後の講義」みうらじゅんが圧倒的に面白かったのは既にお伝えの通りだが、2/20(水)放

記事を読む

華麗な舞台の裏にあるプロテニス選手の過酷な生活|ランキングシステムが生んだ世界的超格差社会

2018年の全豪オープンテニスがフェデラーの優勝で幕を閉じた。自身が持つ四大大会最多優勝記録を20勝

記事を読む

Amazon Campaign

Amazon Campaign

卒業・入学おめでとうキャンペーン|80年記念の新明解国語辞典で大人の仲間入り

今年もまた合格・卒業、そして進級・進学の季節がやってきた。そう、春は

食の街・新潟県南魚沼|日本一のコシヒカリで作る本気丼いよいよ最終週

さて、昨年10月から始まった2022年「南魚沼、本気丼」キャンペーン

震災で全村避難した山古志村|古志の火まつりファイナルを迎える

新潟県の山古志村という名前を聞いたことのある人の多くは、2004年1

将棋タイトル棋王戦第3局|新潟で歴史に残る名局をライブ観戦してきた

最年少記録を次々と塗り替える規格外のプロ棋士・藤井聡太の活躍ぶりは、

地元密着の優等生|アルビレックス新潟が生まれたサッカーの街とファンの熱狂

J2からJ1に昇格・復帰したアルビレックス新潟が今季絶好調だ。まだ4

【速報】ついに決定|14年ぶりの日本人宇宙飛行士は男女2名

先日のエントリ「選ばれるのは誰だ?夢とロマンの宇宙飛行士誕生の物語」

3年ぶりの開催|シン魚沼国際雪合戦大会で熱くなれ

先週末は、コロナで過去2年間見送られてきた、あの魚沼国際雪合戦大会が

国語の入試問題なぜ原作者は設問に答えられないのか?

僕はもうはるか昔から苦手だったのだ。国語の試験やら入試やらで聞かれる

PAGE TOP ↑