中央アジア訪問記:遊牧民の末裔キルギス
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海外
先日の安倍首相の中央アジア歴訪に続き、今度は米国ケリー国務長官が中央アジア五か国を訪問している(NHKニュース)。
中央アジアの5か国は、いずれも旧ソビエトを構成していた国々で、今もロシアの影響力が強いうえ、近年は中国も経済的な進出を図っています。ケリー長官は、こうした背景を念頭に5か国の外相に対し、「ある国と友好関係を結んだからといって、ほかの国との関係が傷つくわけではない」と呼びかけました。
5か国には先月、安倍総理大臣が歴訪して関係を強化していて、アメリカとしては日本に続くかたちで連携を強めることで、ロシアや中国に対し、くさびを打つねらいもあるとみられます。
ロシアと中国の間に位置する中央アジアは、地政学において極めて重要な場所。ロシアや中国との様々な外交問題を抱える日本や米国としては、中央アジア五ヶ国とは良好な関係を築いておきたいところ。そんな中央アジアを構成する一国ウズベキスタンを先日訪れる機会があり、それは「中央アジア訪問記:シルクロードの要衝ウズベキスタン」にまとめた通りなのだが、僕が続いて訪問したその隣国キルギスについても紹介したおきたい。
まずは再度、場所の確認。外務省の解説も合わせてご参考まで。ウズベキスタンの東の隣国キルギスは、地図で見る通りの小国であり、国土の9割が山岳で覆われ産業に乏しい国である。中央アジアの中でも、他国のような地下天然資源に恵まれたわけでもなく、いまも貧しさが突出している。
しかし、だからこそ、独裁政権が続く隣国と比べていちはやく民主化を推進しており、その結果として先進国からの注目と期待は大きい国でもあるのだ。また日本との関係でいえば、キルギス人の顔つきが非常に日本人に似ていることもあって親日的な国でもある。
日本人と似た容貌と言えば、ブータン王国を思い浮かべる人も多いだろうし、それは実際に「ちょっとブータンまで行ってきた」でも紹介したように、実によく似ているのである。でも、個人的な経験と感想からは、ブータンよりもキルギスの方が日本人っぽい顔をしている、と思う。それくらい本当によく似ており、こんなにも距離が離れた国でなぜ、と不思議に思うほかない。
さて、それではそんなキルギスを写真で紹介していこう。まず降り立ったのがキルギスの首都ビシュケクにあるマナス国際空港。ちなみに空港コードがFRUとなっているのは、政治家ミハイル・フルンゼにちなんでこの都市が、ソ連時代に(1991年まで)フルンゼと呼ばれていた名残である。
ビシュケクの国鉄中央駅。駅前で待つタクシーは3台のみ。ウズベキスタンの首都タシケントが、地下鉄も備えた人口230万人の大都会であったのと比べると、ここキルギスの首都ビシュケクはいかにも小さい。
そんなビシュケクの最大の見どころがこちらのアラトー広場だ。赤い国旗がはためき、国の英雄マナスの銅像が勇ましく立つ。奥に見える建物は、国立歴史博物館であり、ここにはいまや世界でここにしか存在しない、ソビエト連邦時代の数々の歴史的遺産が飾られている(写真撮影禁止)。マルクス、レーニン、スターリンの像や歴史、そして冷戦時代のプロパガンダの数々が、訪れる者を圧倒する。
その国立歴史博物館の入口から逆方向を見ているのが以下の写真。遥か彼方に見えるのは、7,000メートル級の天山山脈の支脈・アラトー山脈である。頂きに雪を被せた様はいかにも神々しい。
ウズベキスタンもそうだったが、ソ連時代からバレエや演劇の劇場が数多く建てられており、それはここビシュケクの今にも残る。国民所得等を見れば貧しい国ではあるのだが、他の開発途上国の多くと異なるのは、こうした建物群が残されていることであり、それはソ連が豊かな時代もあったのだと思い起こさせる。
その後、経済がまわらず崩壊に至ったソビエト連邦。モノ不足で食料を手にするのに長い行列に並ぶ市民の姿を、ニュース映像等で記憶している人も多いことだろう。しかし、当たり前だがそんな光景はもはやない。ビシュケクにも数多くの商店やデパートが立ち並び、溢れるほどの品ぞろえ。
菓子パンだっていくらでもある。ということに時代の流れを感じないわけにはいかない。
こちらはビシュケク郊外にある最大のバザール。海外に来ていつも一番胸が高鳴るのがこの市場だ。庶民の活気と熱気、騒音と喧騒。ここにはその全てがあり、その町の暮らしぶりを垣間見る絶好の機会に他ならない。
所狭しとならぶ果物屋に雑貨商。
ドライフルーツはキルギスの日常食。多様な果物が乾燥され、保存食ともなっている。
スパイスも数多く揃っている。もちろん量り売り。
コメだって一種類ではない。白いもの、黄色いもの、茶色いもの。プロフと呼ばれる炒め飯は中央アジアの名物料理だが、それに使うコメもお好みに合わせてどうぞ。
精肉売り場も豪快でいい。イスラム教の強い中央アジアだからこそ豚肉はないが、牛肉に鶏肉、そして羊に馬に山羊といったところは全部そろっている。
焼いたパン。コメも食べるがパンも主食。そのあたりが、東西の間に位置した中央アジアならではの食文化なのかも知れない。
伝統的楽器もバザールで買える。個人的には欲しかったんだけど、どうしても嵩張るのと意外とお値段もしたので、今回は残念ながらあきらめた。
町中には至るところに公園があり、自然にあふれている。ただし、どこにでもソ連時代の将校の銅像等があり、やはりソビエトを今も感じさせる。
ちなみに、町中を走る自動車は韓国製が多く、また電化製品からスマホまで、Samsung の人気がとても高い。その大きな理由が、歴史的に韓国からキルギスへの移民が多かったことであり、それが今の韓国資本の流入の多さにつながっている。
ちょうど遭遇した結婚式でも、韓国人らしき顔つきをした人たちが見られ、キルギスと韓国両国の結び付きの強さを感じるようだった。
そして、キルギスという国が、遊牧民の末裔たちが築いたところだと改めて強く実感したのが、馬に乗った伝統的競技を見たときである。僕がキルギスを訪れたときがちょうど彼らの正月に当たるタイミングであり、ビシュケク郊外の競技場で最大の祭りが開催されていたのである。
この日を待ちわびていたかのように、ものすごい数の人たちが集まり、競争や競技を凝視している。
馬に乗った競争はシンプルで分かりやすい。しかし、続いて始まったポロに似た競技を理解するのには、少し時間がかかった。以下の写真のように、2チームが対戦しているのはよく分かる。で、何を奪い合っているのか?それはポロのようなボールではなかったのである。
彼らが取り合っていたのは、なんと仔羊(写真左下)。これを馬に乗ったまま掴みとって、相手のゴールに入れると1点、というルールなのである。ここまで馬にこだわって、そして奪い合うのが羊という設定。やはり遊牧民として長い歴史を経てきたキルギスの民ならではの競技と言えるだろう。
その様子を熱いまなざしで見つめるおじいちゃん達。左側が伝統的なキルギスの帽子で、右はソ連スタイルのもの。どちらもよくお似合いだ。
若者はと言えば、このまだ若い国を背負って立つ気概があるのか、国旗を背中にド派手にプリントしたジャケットを着こなしている。いずれにしろ、(男ばかりであったが)大いに盛り上がった馬の祭りだった。
最後に食事について。基本的にどれもおいしく頂いた。例えばキルギスの伝統料理の一つが、ラグマン。以下の写真のように、いわゆる日本のきしめん。ずいぶんと柔らかくして食べるのがキルギス流。加えて、写真にあるように、馬肉を合わせるのがこの国ならではの食べ方だろう。
それ以外にも、パンやサラダに各種肉。やはり羊肉はとても多く出され、ぜんぶおいしく頂きました。
もう一つのキルギス特産が実はコニャック。イスラム教の国なのにお酒をつくって飲んでいるわけ?と聞いてみると、いっこうに構わんそうである(笑)。
結局のところソ連時代には宗教が厳しく取り締まられていたこと(その反動としてソ連崩壊後の宗教回帰)、加えてソ連が酒を飲む国であったことから、いまのキルギスおよび周辺国でも、イスラム教徒であっても酒を飲むことは結構あるそうだ。もちろん厳格な人は飲まないのだけれども。ちなみにイスラムと酒の不思議で危険な関係については、「秘境・辺境探検家の高野秀行はセンス抜群の海外放浪ノンフィクション作家」でも紹介した、高野秀行『イスラム飲酒紀行』が最高に面白く読める一冊だ。ただ、とても興味深いのが、キルギスで酒は飲むという人でも、豚肉はやはり食べないのがほとんどだったこと。それくらい豚は不浄なものとして避けられているようだ。
さて、そんなキルギスという国をもっとよく知るために、僕が訪問前に読んでいったのが以下の書籍。キルギス関連書の出版は極めて限られた数しかないのだが、いまはまだこれくらいしかこの国を知るすべがない、というのが現実だろう。今後もっとこの国と近い関係になり関連書の出版も増えることを期待したい。
まずは何といっても森薫の名作『乙嫁語り』だ。中央アジアを舞台としたこの異色漫画だが、馬で草原を駆け抜けた遊牧の民が主人公となっているように、とくにキルギスらしき舞台設定が多い。ものすごく面白い漫画です。
続いては、『キルギス大統領顧問日記』。日銀職員であった著者が、ソ連から独立したばかりのキルギス経済を支えるために、大統領顧問として赴任する。そんな歴史があったとは本書を読むまでまったく知らなかった。実は日本とキルギスの関係の深さに気づく一冊でもある。同じ中公新書の『ルワンダ中央銀行総裁日記』が名著としてよく知られるところだが、本書『キルギス日記』も実に興味深く読める好著としてぜひおすすめしたい。
シルクロードにたたずむ山岳と草原の国キルギスは、旧ソ連邦からの独立を果たし、市場経済への移行に苦悶していた。IMFから中央銀行最高顧問として派遣された著者は大統領の信頼を得て特別顧問に就任する。時にIMF本部と現地との温度差に悩み、時に日本からの不十分な支援態勢をかこちつつ、新しい国づくりに関わっていく。日本のODAのあり方も考え、両国の相互理解交流に奮闘する中央銀行マンの日々を綴る。
それ以外では、中央アジアというくくりになってしまうが、以下の書籍もこの周辺の歴史や文化を知るのに格好の入門書である。
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