経済学と歴史学そして自然実験
2010年に出版されていた “Natural Experiments of History” がようやく日本語で翻訳出版された。本書は以前に「歴史学と経済学と Natural Experiment」でも紹介したように、歴史に残る数々の大きな謎について経済学的な視点から迫るという、大変ユニークな一冊である。例えば、ハイチとドミニカという2つの国は、カリブ海に浮かぶイスパニョーラ島を東西に分けて隣り合う国である。地理的条件が極めて近いはずの両国はしかし、ドミニカが経済発展する一方でハイチは貧困に苦しみ続けるという、対照的な歴史を経験している。それはなぜなのか?
こうした歴史上の重要な疑問に答えようとするのが、本書『歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史』なのである。編著者のひとりジャレド・ダイヤモンドと言えばご存知の通り、『銃・病原菌・鉄』や、『文明崩壊』といった一連の著作で、人類の壮大な歴史を描き続けてきた研究者である。
本書『歴史は実験できるのか』ももっと早くに翻訳出版されていればよかったのに、という思いはあるものの、しかしながらひょっとすると今がベストのタイミングだという見方もできるかも知れない。なぜならば、本書のアプローチである「自然実験」という考え方は、因果推論の手法が、伊藤『データ分析の力』や、中室・津川『「原因と結果」の経済学』といった良質の入門書がベストセラーとなった今こそ、広く読者に理解してもらえる分析手法と考えることもできるからだ。
いずれにしろ本書は、経済学と歴史学の境界にある大変野心的で興味深い研究内容を紹介する優れた一冊である。その内容を読めば、経済学でこんなことも出来ることや、歴史学でこんなアプローチもある、という新鮮な驚きを得る読者も多いことだろう。そんな知的なアプライズを与えてくれる本書は、初学者の人にこそおすすめかも知れない。ぜひお楽しみください。
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