2019年ノーベル経済学賞は開発経済学者3氏と貧困解消に向けた実験的手法に決定
2019年のノーベル経済学賞受賞者が発表された。受賞者は、マサチューセッツ工科大(MIT)のバナジー教授、同じくMITのデュフロ教授、ハーバード大学のクレマー教授の3氏だ(日本経済新聞、朝日新聞)。受賞理由は、世界的な貧困問題の解決に向けた実験的手法による貢献となった。
さて、これら3氏の研究内容やその成果については、デュフロ教授による以下のTEDトークがもっとも分かりやすいのではないだろうか。”Social Experiments to Fight Poverty” というタイトルは、今回の受賞理由である「経済学による社会実験」を端的に表しており、かつ15分のトークにはそのエッセンスがぎゅっと詰まっている。もちろん、一般向けのTEDトークだからこそ、専門用語も数式もなく、じつに分かりやすい解説となっているので、ぜひ視聴することをおすすめしたい。僕自身、毎年の授業で使用しており、教材としても優れています。
そして、もう少し経済学的な内容を知りたいという人には、今回のノーベル賞を受賞した、バナジー教授とデュフロ教授による著作『貧乏人の経済学』をおすすめしたい。本書では、彼らのこれまでの研究が、やはり一般向けに平易に解説されており、上記の短いTEDトークでは伝えきれない、研究の奥深さに触れることができるだろう。電子書籍化もされているので、おすすめです。
貧困研究は、ここまで進んだ!食糧、医療、教育、家族、マイクロ融資、貯蓄……。世界の貧困問題をサイエンスする新・経済学。W・イースタリーやJ・サックスらの図式的な見方(市場 vs 政府)を越えて、ランダム化対照試行(RCT)といわれる、精緻なフィールド実験が、丹念に解決策を明らかにしていきます。
「貧困の本質への驚くほど深い洞察に満ちた本」――A・セン
「世界の貧困に関心のある人の必読書。こんなに多くを教えてくれる本を読んだのは久しぶりだ。経済学からの最高の贈り物だろう」――S・D・レヴィット(『ヤバい経済学』)
2011年Financial Times / Goldmann Sachsベストビジネス書賞受賞作。
『ガーディアン』2011年5月18日
「バナジーとデュフロの『貧乏人の経済学』は開発援助の世界に波乱を起こしつつある。この本が他の本と違うのは、ランダム化対照試行に着目している点だけでなく、いままで開発援助の世界で無視されることが多かった問題や、あてずっぽうで推測されていた問題に果敢に取り組んでいる点だ。それらは、貧乏な人の決定に潜んでいる論理性であり、貧乏な人たちが手持ちで最もよい決定をしているのかどうか? そして政策担当者はそれにどのように答えるべきか? といった問題だ」『エコノミスト』2011年4月22日
「この熟読必死の新刊で著者たちは、大胆な研究と個人的な体験談を織りまぜながら、1日0.99ドル未満で暮らしている8億6500万人の人々の生活を描き出している」『フィナンシャル・タイムズ』2011年4月30日
「数々の実験の創意工夫はもちろんだが、この本に溢れているのは、最貧困にある人たちの生活を描き出す、優しい眼差しだ。本書は、貧困にある人たちがこのうえなく辛い環境のなかで洗練された計算をしていることを示してくれる……本書はこれから進むべき道筋を提示している。そしてこれらは間違いなく試してみるだけの価値がある実験だ」『ニューヨーク・タイムズ』2011年5月19日
「ランダム化試行は貧困削減の闘いのための要注目手法だ。このすばらしい本で開発援助についての重大な疑問への取り組みかたが変わる。それは〈どんな援助がもっとも効くのか〉という疑問だ」
そして、今回の受賞理由となった「実験的アプローチ」であるが、具体的には「ランダム化比較試験(RCT)」と呼ばれる手法がそれであり、その詳細を知るためには、やはりデュフロ教授らによる以下の『政策評価のための因果関係の見つけ方』が最近になって日本語翻訳されたので、ちょうどよいタイミングと言えるだろう。もちろん貧困解決のためにも多数利用されている同手法だが、近年は「エビデンスに基づく政策形成(EBPM)」に対する理解と普及がすすむにつれ、どのような分野であってもきちんとした科学的根拠に則って政策立案していこうという動きが強まっている。これから経済学を学ぶ人にとっても、今後政策評価や提言に関わる人にとっても、今回のノーベル経済学受賞をきっかけに、同分野に対する関心がさらに強まることだろう。ぜひ本書も合わせてお読みいただきたい。
近年、注目を集める因果推論。その代表的手法であるランダム化比較試験(RCT)について理論的に解説するのみならず、現実社会のフィールドでRCTを行う場合に、どういったことに気を付ければよいのか、理想的なRCTが行われない場合にはどうすればよいのか、を、この分野の世界的権威が解説した一冊です。
RCTは、近年注目を集めている「エビデンスに基づく政策形成(EBPM)」の「エビデンス」をつくるための有効な手段のひとつです。EBPMに関心のある方、近年の経済学の実証研究で盛んに取り入れられている「前向き(prospective)評価」に興味のある方に、ぜひご一読いただければ幸いです。
伊藤公一朗氏(シカゴ大学准教授)推薦!
「世界中で使われているランダム化比較試験のバイブル」経済学におけるフィールド実験の発展に多大な影響を及ぼした記念碑的論文 “Using Randomization in Development Economics Research: A Toolkit” (Handbook of Development Economics, Vol.4 Ch.61)が、ついに翻訳出版!
経済学におけるランダム化比較試験のパイオニアであるエステル・デュフロ教授らによる、理論的解説と実践的ノウハウが凝縮。
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