「ヘンな論文」を書き続ける動機と勇気
公開日:
:
最終更新日:2018/09/19
オススメ書籍
高学歴の芸人と言えば? という問いに、ロザンの宇治原と応えるのではあまりにもフツー過ぎる。もう少しツウに答えるならば、ここはぜひともサンキュータツオの名前を挙げたいところである。ご存知(ではないかも知れないけれど)漫才コンビ米粒写経のサンキュータツオ氏は、早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文化専攻博士課程に学び、一橋大学でも教えるアカデミック芸人。
それと同時に、国語辞典をこよなく愛する辞書コレクターとしても知られる。それにまつわる薀蓄は実に広く、その含蓄はいかにも深く、それらをリアルに味わうためには、ぜひとも名著『学校では教えてくれない!国語辞典の遊び方』を熟読して頂きたいところだ。
「学校で教えて欲しいおすすめ国語辞典の選び方・使い方・遊び方:複数の辞書を比較して使い分けよう」で僕自身も書いたように、本書のように、多種多様の辞書の特色をこれほどまでに魅力的に描写した本は他には存在せず、本書が唯一にして最高の決定版。だからこそ小中学校でも、本書を使うなどして辞書の選び方を教えて欲しいと思わざるを得ない。「国語辞典を選ぶならこの3冊がおすすめ:現代語に強い三省堂・豊かな語釈の新明解・安定と安心の岩波」でも紹介したように、国語辞典とはどれでも一緒などでは決してなく、それぞれに明確な個性があるからこそ、自分が使う目的に合わせてベストマッチするものを積極的に選びとるものだと言えよう。
そんなサンキュータツオ氏が新刊を出したというのだから、これはもう読まずにはいられない。というわけでソッコーで読み切ったのがこちらの新著『ヘンな論文』だ。なにしろ氏は、国語辞典コレクターとしてだけではなく、珍論文収集家としても名を馳せているのである。そんな彼が厳選した「ヘンな論文」が、ヘンでないわけないのである。
珍論文ハンターのサンキュータツオが、人生の貴重な時間の多くを一見無駄な研究に費やしている研究者たちの大まじめな珍論文を、芸人の嗅覚で突っ込みながら解説する、知的エンターテインメント本!おっぱいの揺れ、不倫男の頭の中、古今東西の湯たんぽ、猫カフェの効果…なかなか見る機会のない研究論文。さがしてみれば仰天のタイトルがざくざく…。こんなことに人生の貴重な時間を割いている人がいるなんて!
そんな本書に掲載された「ヘンな論文」は全部で13本。世間話の研究では伝説の人物に焦点が当てられ、公演の斜面に座るカップルの観察では男女がいちゃつく適度な物理的距離を測定し、コーヒーカップの音の科学ではシュガーが奏でる音色を分析し、現役「床山」(大相撲力士の髷を結う人)アンケートから、ブラのずれ研究まで、実に多彩だ。しかも、サンキュータツオ氏が図書館で見つけたこうした「ヘンな論文」を単に面白がるだけではなく、その著者である研究者らに直接会って研究の背景にある四方山話まで聞いてしまうというのが、本書の白眉といえるだろう。
そこにあるのは、「ヘンな論文」と上から目線でラベル付けする姿勢ではなく、こうした研究に取り組もうとした純粋なまでの動機に対する知的好奇心と、実際に取り組んだ研究者等の勇気と、そして最後までやり切った努力に対する尊敬の眼差しである。だから、こうした「ヘンな論文」をピックアップし、氏が担当するラジオ番組で紹介したことをきっかけに研究者との交流が生まれたことを、本当に喜んでいることが文面から伝わってくる。研究という行為そのものに対する、サンキュータツオ氏の深い愛情が生んだ一冊と言えるだろう。
本書で紹介されている13本の論文のうち、僕がもっとも興味をひかれたのは、最後の十三本目を飾る「湯たんぽ異聞」である。そこには、誰も取り組んだことがなかった「湯たんぽ」の収集と類型化そして歴史的文化的考察という新たな分野を開拓した研究者の矜持と、一方では収集品の保存や展示を続けていくことの難しさ、さらには剽窃や盗用といった研究の暗部となる問題点まで、実に多くの視点と課題が詰まっていて読み応えがある。一見して「ヘンな論文」かも知れないが、もしかするとそこには、「ヘンではない論文」以上に多くの学びと問題提起があるのではないかとさえ思えてくる。いずれにしろ、本書を読み、サンキュータツオ氏の研究愛を感じ、僕はますます氏のファンとなってしまったのである。現役研究者必読の一冊。
Amazon Campaign

関連記事
-
-
科学と度量衡の歴史|キログラムの定義が130年ぶりに変更
さて、先日のニュースでも大きく報道された通り、来年から「キログラム」の定義が変更されることとなった。
-
-
岡崎所属のレスターシティ奇跡の優勝と、これからのサッカー・データ革命
プレミアリーグ大番狂わせのレスターシティ優勝 ご存知のように、今年の英国プレミアリーグでは、岡崎が
-
-
英語辞書の決定版|オックスフォード現代英英辞典に最新第10版が登場
オックスフォード現代英英辞典の最新第10版が出版されたのでさっそく購入。これはもう、英語辞書の決定版
-
-
効果抜群おすすめ英単語超学習法|語源から理解して飛躍的に語彙を広げる
今年5月に出版された『英単語の語源図鑑』が、すでに20万部も売れているようだ。英語関連書としてベスト
-
-
春になり大人になったら辞書を買おう|これがいま日本で最も売れている国語辞典だ
さて今年も4月になり、進級・入学・入社とおめでたいイベントが相次いだ。中学生になったら電車も大人運賃
-
-
ミャンマーの歴史と地政学|アジアの超大国・中国とインドをつなぐ十字路
ミャンマーがいま政治的に揺れている。日本との歴史的関係も長いこの国は、僕自身も何度か訪れたことがある
-
-
「お茶」が教えてくれる日々のしあわせ
10/13(土) から上映が始まった『日日是好日』。樹木希林の遺作となったこの映画、もちろん僕も見に
-
-
5月25日は「広辞苑の日」って知ってましたか?
「ことばは、自由だ。」というキャッチフレーズでも知られる、岩波書店の「広辞苑」は、国語辞典の代表格と
-
-
論文捏造はなぜ繰り返されるのか?科学者の楽園と、背信の科学者たち
先週は、小保方晴子氏の論文「学位取り消しに当たらず」(NHK)との報道が新たな議論を引き起こしている
-
-
ブラックホールを初めて写真撮影|いまこそ宇宙論がおもしろい
さて先日は、人類史上初めてブラックホールの撮影に成功したという記者会見が世界中で話題となった。「ブラ