【おすすめ経営書】ゼロ・トゥ・ワン:君はゼロから何を生み出せるか
話題の経営書『ゼロ・トゥ・ワン:君はゼロから何を生み出せるか』を、とても興味深く読んだ。著者はピーター・ティール。米国でペイパルを創業した起業家であり、フェイスブック最初の外部投資家である。また、リバタリアンの “Big thinker” でもあり、多額の政治献金をする等、彼の言動・行動に世界中の注目が集まっているのは、「フィナンシャル・タイムズと昼食を」や、「チャーター・シティーと独立精神と『マイ国家』」でも書いた通りだ。(日本語なら、週刊東洋経済の解説が詳しくプロフィール紹介している)
また、ペイパル創業時の仲間たちがその後も次々と起業・投資をし、シリコンバレー界隈で「ペイパル・マフィア」と呼ばれていること、そのマフィアには今をときめくイーロン・マスクも含まれていること、そして何よりも本書著者のピーター・ティールがそのマフィアの「ドン」と目されていることも、彼が各方面から注視される所以である。このマフィアとそのメンバーについては、以下の記事が詳しい。
- The PayPal Mafia: Who are they and where are Silicon Valley’s richest group of men now?(The Telegraph)
- 秩序の破壊者:イーロン・マスク~テスラの先に抱く野望(日経ビジネス特集)
- 世界に役立たないなら、会社の存在意義はない(日経ビジネスインタビュー)
そんなピーター・ティールが、起業について、投資について、そして技術とイノベーション、さらには未来について語るというのだから話題にならないわけがない。それが本書が発売前から大きな注目を浴びていた最大の理由である。
photo credit: AlicePopkorn via photopin cc
さて、そんな話題の一冊だが主張は極めて明快だ。今の世界ではあまりにも多くの人が「1 から 2」を、より一般的には「1 から n」を作り出すことに汲々としているのではないか。しかし本当に世界に価値を創り出すとはすなわち「0 から 1」を生むことであり、そのためには、まだ誰も気づいていないチャンスを発見する視点と、ブレイクスルーを実現するための圧倒的技術、そして独占的シェアを獲得するための戦略が絶対に欠かせないと説く。
だから、投資家としてのティールは常に次の質問を起業家に投げかける。「賛成する人のほとんどいない、大切な真実とは何か?」。ここからも分かるように、彼は常識に囚われず、まだ誰も見ていない未来を描くことができるような、世間的には異端児や反逆者と呼ばれるようなアントレプレナーを探している。それはまさにApple のCMにあったように、彼自身もまた、「クレイジーな人たち」こそが、つまり「自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから」と信じ、かつそれを実践しているのである。
本書を起業とイノベーションに関する経営書と捉えるのは狭い。この一冊がそもそも執筆された契機が、スタンフォード大学で行われた講義であったことを考えると、これはティールから若き学生へのキャリアに関するアドバイスでもあるのだ。本書内でも詳しく語られるのだが、ティールがスタンフォードのロースクールを優秀な成績で卒業し、そのときは法曹界のエリートとなるキャリアパスを描いていたが、残念ながらその夢はあえなく砕ける。人生で初めての大きな挫折を経験した彼がそこから学んだのが、競争のない世界、自分が圧倒的にナンバーワンになれる世界を探すということ。そして結果的に辿り着いたのが起業であり、そしてその学びが現在の投資方針にもなっているというのは大変に興味深い。
人生も投資である。しかし、勝てる投資はポートフォリオなどでリスクヘッジするのではなく、勝負を見極め、そこに全力を投じることであるというティールの考えは、実に大胆で勇気を要するものである。だからこそ彼自身も、投資案件は極めて少なくし細心の注意を払ってその事業と人材を精査している。そして若き学生を前にして言う、学歴や資格ばかりを気にするリスク回避では人生という最大の投資に負けるぞと。
そしてまた、研究も投資である。ティールは漸進主義やリーン・スタートアップでは世界は変えられないと言う。しかし、いかに多くの人が一歩ずつ、少しずつの改善・改良に執心していることか。研究者の世界でも同様に、「これが終身在職権を得るまでずっと続いていく。だから、学者たちは新たな分野に挑戦する代わりに、ありふれた論文を量産することになる」と手厳しい。
本書は、いかにインパクトを出すかを考え続ける起業家や投資家はもちろん、専門分野の選択からキャリアパスの決断に対してまで、示唆に富む。自分が勝負すべき場所とタイミングとその方法について、この一冊が解を出してくれるわけではもちろんない。しかし、これらの意思決定をどういうフレームワークで捉え、どういう視点で評価すべきなのか、それを実例を踏まえて学ぶには最適の内容といえるだろう。
最後にもう一つ本書で注目したいのが、日米で同じタイミングでの出版であったこと、そして両国において紙書籍・電子版ともに同時発売であったこと、さらには両国の間で価格差がほとんどないことである。具体的にみると、米国ではハードカバーが$16.20 に、Kindle が$11.99。一方の日本では、ハードカバーが¥1,728 に、Kindle が¥1,235となっている。
本書が起業やイノベーションを語ったものとして話題になるのに対し、書籍販売の戦略に対する言及はほとんどない。しかし、電子書籍が一層普及し、そして経営書のような旬のテーマ(即ち翻訳にかかる時間コスト)を考えるならば、そしてまた本書でティールがプロダクトやサービスの販売の重要性について何度も強調していることを考慮するならば、この書籍の価格・販売戦略そのものが、極めて優れてそして時宜を得たイノベーションだと言えるのではないだろうか。間違いなくおすすめの一冊。
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