大ヒット漫画『キングダム』の人気の秘密|作者・原泰久の研究者気質とサラリーマン哲学
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最終更新日:2016/12/24
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現代における大人気漫画の最高峰『キングダム』を読んでいますか?単行本の累計発行部数は2600万部を突破し、最新刊44巻は初版65万部が刷られるなど、連載10年を過ぎてますます人気が沸騰する『キングダム』。これほどまでに熱烈に読者の支持を得る秘密は、一体どこにあるのか?
時は紀元前――。いまだ一度も統一されたことのない中国大陸は、500年の大戦争時代。苛烈な戦乱の世に生きる少年・信は、自らの腕で天下に名を成すことを目指す!! 2013年、第17回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞!
そんな謎に迫ったのが、こちらの記事「サラリーマン世界の美学が中国史のなかに蘇る― 「キングダム」人気の秘密」だ。漫画自体は読んでいても、その作者についてはこれまで詳しく知る機会がなく、だからこそ今回のこの記事をとても興味深く読んだ。
作者・原泰久が学生時代に理系を専門としていたこと、在学中には漫画家デビューがかなわず卒業後はシステム・エンジニアとして働いていたこと、退職し覚悟を持って再び漫画家の道を歩み始めたこと、そして『キングダム』誕生の背景と、そのネーミングの由来まで。
それだけでも興味深いのだが、そんな数多くのエピソードの中でも僕が個人的にもっとも印象に残ったのが、この作者が極めて規則正しい生活リズムの中で漫画を描き続けているということだ。漫画家や作家といった人たちというのは破天荒な芸術肌、毎晩豪快に酒を飲み歩き、アイデアが降ってきたらそこから馬力を出して作品を仕上げる、そんなイメージありますよね?ところが、である。この原泰久はそんな偏見とはまったく真逆の、実にキチンとした生活スタイルなのである。
原の毎日は会社員のように規則正しい。(中略)平日は、仕事場に毎日きっちり9時半に出勤し、夜7時には車で10分ほど離れた自宅へ戻って、妻や3人の子供と食事を共にし、夜9時にまた職場に戻る。通常は午前1時に帰宅するが、進行次第で徹夜の日もある。
こういうスタイルの作家、ご存知ですよね?そう、毎年ノーベル文学賞の最有力候補となりながらも残念ながら未だ受賞に至らずの、世界的ベストセラー作家・村上春樹である。彼の名作エッセイ『走ることについて語るときに僕の語ること』でも述べられているように、村上は毎日規則正しい時間に仕事場の机に向かい、前もって決めた枚数をきちんと書き、そして一日を終える。調子がよいときにも書き過ぎず、一方で調子がわるいときにもしっかり決めた分量だけは書く。そうした平凡な毎日を積み重ねた結果が、今の世界のムラカミなのである。
『キングダム』の作者・原泰久も同じように、毎日の積み重ねの中からこれだけの大作を産み出した。しかも、あと10年続き、合計80巻程度での完結を予定しているということだ。これだけの作品を完成させるには、もちろん能力・才能が大事なのは言うまでもないが、継続が命であるのも間違いない。将棋の羽生善治や、野球のイチローが繰り返し語るように、続けていくことの難しさと重要さ、それを体現しているのもまた、原泰久の迫力なのである。
そしてこれは実は、研究者のスキルとも相通ずるものなのである。以前に「できる研究者の論文生産術:How to Write a Lot」の中でも紹介した一冊『できる研究者の論文生産術』で紹介されるポイントの一つは、「きちんとルールを決め、それに従って書く」というものだ。もちろん、このシンプルな原則を守り続けることがいかに難しいかは皆さんご存知の通りだ。しかし、漫画だろうと論文だろうと、大作そして傑作を生みだすには、それしか方法なないのである。
もう一つ、これも以前に「工学部助教授にしてベストセラー作家・森博嗣の『作家の収支』|論文執筆スキルを応用してミステリを量産する」の中で紹介した一冊だが、森博嗣の『作家の収支』にも、そのシンプルなルールを見て取ることができる。何しろご存知の通り、この人気ベストセラー作家は、某国立大学の元研究者であり、そのときのスキルを応用してSF小説をあれだけ大量に描き続けているのである。
このように、現代の大ヒット漫画『キングダム』で男たちの熱気を描き続ける原泰久だが、この大長編大河ドラマとも呼べるべき大作を終わらせるためのゴール設定は明確であり、そこに向け毎週毎週一歩ずつ歩みを進めている。漫画が面白いのはもちろんだが、今回読んだ記事「サラリーマン世界の美学が中国史のなかに蘇る― 「キングダム」人気の秘密」からは、その背景にある作者の研究者気質とサラリーマン哲学が見えてきて実に面白かった。これだけの傑作を世に出せるなんて、どんな天才・異才・奇才なのだろうと思っていた人にとっては肩透かしを食うことになるだろう。だがしかし、作者のこのスキルとマインドがあるからこそ、この『キングダム』が生まれたのである。ひょっとすると、研究者こそが読むべき漫画であり、その作者の姿勢に学ぶべきなのかも知れない。一気読みでぜひどうぞ。
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