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電子コミックの時代がやってきた:『ナナのリテラシー』が描く漫画業界のビジネスモデル革命

公開日: : オススメ漫画, ニュース

ご存知のように、今ものすごい勢いで電子書籍市場が拡大している。出版業界では今年こそ「本当の電子書籍元年だ」、と言われ続けてもう何年も経ってしまったのだろうけど(苦笑)、どうやら今度こそ本当にクリティカル・マスを超え、市場勃興から普及期へと入ったのではないだろうか。

 

それがとくに顕著なのが米国と英国であり、英語話者の圧倒的な数のおかげもあって、他国・他言語よりも抜きん出たスピードで電子書籍が広がりつつある(下図参照)。実際に「電子書籍市場の急拡大:2018年には米国と英国で紙書籍を追い抜くか」で詳しく書いたように、あと数年で電子書籍市場が従来の紙書籍市場の規模を追い越すと予測されている。

 

ebook-nyt

 

 

それでは日本国内では現時点において、いったいどの程度、電子書籍の普及が進んだのだろうか?インプレスR&D調査では、2012年度の推計値では電子書籍市場規模は729億円。2011年から15.9%の増加と、市場拡大スピードでは欧米に及ばないものの、着実にその裾野を広げていることは間違いない。そして、とくに日本の市場において顕著なのが「電子コミック」の存在だろう。漫画大国の日本が誇るこのコンテンツは、デジタルとの相性もよく、電子書籍を牽引する存在となっているのが現状だ。

 

実際、CNET Japan の以下の図が示すように、日本のコミック市場においては2008年頃から電子コミックが急伸し、2013年にはそのシェアがコミック全体の25%にまで達しているのである。これは読者にとってはもちろんのこと、出版社そして漫画家にとっても、業界を変えるインパクトを与えるほどの一大変化と言って良いだろう。

 

ecomic_japan

 

 

そして、そんな変化を好機と捉え、一躍電子漫画家のスーパースターとなったのが、ご存知アノ鈴木みそである。「Amazonキンドルが広げたコミック市場:ふだん漫画を読まない僕が鈴木みそにハマった」で告白したように、僕が久しく読んでなかった漫画に再度興味を持ち、恐らく十数年ぶりくらいでお金を出して買ったのが、鈴木みその大ヒット作『限界集落(ギリギリ)温泉』だったのである。

 

 

僕がこの漫画に興味を持ったのは、(1)電子書籍では従来とはまったく異なる印税体系となっていること、そして(2)電子ならではのプロモーション戦略が採れること、を成功事例として圧倒的な迫力を持って見せつけたのが本作だったからである。いや、もちろん漫画の内容も面白かったんだけどね(笑)。ただ、個人的には、作者が各種インタビュー等で答えているように、この『限界集落(ギリギリ)温泉』が鈴木みそに1,000万円の収益をもたらした衝撃は、漫画業界における隕石衝突くらいのインパクトなんじゃなかろうか。

 

それと同時に、本作第一巻だけは100円という低価格で提供し、それ以降は400円という値付けをするプライシング戦略は、今でこそ数多くの電子書籍・コミックが後追いしているものであるが、それを鈴木みそが早い段階で実験的に取り組んでいたということにも、個人的な関心が向かったのである。こうした最初はお試しで、そして「面白かったら続きを読んでね」というのは、どうやら電子コミックではとくに有効な手法のように思えてならない。実際に、「おすすめKindleコミック『幽麗塔』(原作は『幽霊塔』):この漫画の売り方と売れ方がすごい」でも紹介したように、人気漫画『幽麗塔』の第1~3巻までが期間限定で無料提供された際に、なんと有料の4巻以降も爆発的に売れたといったケースも電子コミックではしばしば見かける。

 

さて、そんな漫画業界の大変化を、漫画家の視点から冷静に分析したのが、同じく鈴木みそ作品の『ナナのリテラシー』だ。本日の Kindle 日替わりセールにその第2巻が登場し、今だけ199円で特価販売されているが、この漫画の本当の面白さを味わうにはぜひとも第1巻から読み始めて欲しい。まだ読んだことがない人は、コチラのサイトで第1話が無料公開されているので、その触りの雰囲気だけでも掴んで欲しい。

 

 

「結論から言えば 電子書籍が出版社を救う可能性は ほぼありません」。「正直出版社自体・・・もっと未来はありません」とまでキャラクターに喋らせてしまう作者だからこそ、こんな世界で漫画家は今後どう生きていけばよいのかを誰よりも真剣に考えているのであろう。それが、鈴木みそが前作『限界集落(ギリギリ)温泉』で取り組んだ数多くの実験にあらわれている。そしてその成功体験をもとにしているからこそ、今あらためて冷静に振り返って分析するこの『ナナのリテラシー』が、ものすごい迫力でせまりくるのである。

 

漫画としての面白さはもちろん、電子コミック界のスーパースターにして革命児である作者が赤裸々に語る業界の舞台裏は、実に生々しく、様々な関係者との駆け引きがあり、脅威と機会が混在し、つまりだからこそ今もっともエキサイティングな市場となっているのだ。面白く刺激いっぱいに学べる『ナナのリテラシー』は、電子コミックに限らず、電子書籍全般について考えてみたい人にとって、いま必読の一冊になったと言えるはずだ。

 

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