若き探検作家・角幡唯介の「極夜行」は最悪の旅だからこそ最高のノンフィクション
公開日:
:
最終更新日:2019/05/05
オススメ書籍
探検家・角幡唯介のノンフィクション作品を読んだことがある人も多いことだろう。NHKでも特集番組となり、またノンフィクション本大賞を受賞したことがきっかけで知った人もいるはずだ。僕も彼のファンのひとりであり、その作品はすべて読んでいる。そんな彼の、最新の探検がこの『極夜行』なのである。昨年に出版されたものであり、僕もすでに読んだものだが、ちょうどいま2018年文藝春秋ベスト100が発表され、とてもお買い得のセールとなっているので、ここで再度強くおすすめしたい。これは本当に面白い旅であり、僕個人にとしても昨年のベストに挙げる一冊なのだ。
グーグルマップ等であまりにも簡単に、地球上のほぼすべてを見ることができるようになった現代において、われわれが失ったのは、まだ人類が誰も到達していないという未開地だ。そんな時代に果たして探検や冒険などが成り立つのだろうか?この極めて根源的な問いに真剣に向き合い、そして角幡が出した答えが、まだ誰も経験していない旅をする、ということだったのである。
彼が向かったのはグリーンランドにある地球最北のイヌイット村。ここからさらに北へ向かうと、そこはもう一年の半分は太陽が昇らない極夜の世界となる。生命の源である太陽光が届かないそのような土地に赴いてまで彼が体験したかったのは、本物の太陽を見るということだったのだ。
そして、本書の読みどころはそんな彼の過酷な、それこそ生死の境を彷徨うような冒険の一部始終、だけではないのである。そうではなく、40歳を目前に、ひょっとするとこれが最後の大勝負となるかも知れない、そんな思いで周到に用意する彼の心の内と、その一方では結婚して子供が産まれたことによる心境の変化、そこにこそ注目したい。以前であれば文明の利器に頼るのは真の探検ではないと切り捨てていた角幡本人が、いまや親ばか丸出しで、地球の北の果て極寒の地から携帯電話で子供の様子を確認する、そんな微笑ましいギャップがまた、生と死がいつも隣り合わせだということを思い知らせる。
探検の最後、ついに何ヶ月かぶりに太陽を見た角幡の胸のうちにこみ上げてくる思い、地平線の彼方から炎と熱を感じながら流す涙、彼がそこで伝えるメッセージは実に感動的であり、年を重ね、経験を積み、父親となった今の彼だからこそ発することができた言葉にほかならない。そのシーンはぜひとも、ご自身で確認して頂きたい。探検すべき未開拓の地などもう存在しない現代においてもなお、探検の意義を問い直し、実践し、そして言葉にして発信し続ける著者の次の旅をいまから期待している。
ちなみに、彼のデビュー作『空白の五マイル』、ヒマラヤで探した『雪男は向こうからやって来た』、そして彼がこだわる探検について思いを綴った『新・冒険論』といった一連の著作もいずれも大変に刺激的であり、もしもまだ読んだことがないのなら、読後に間違いなく、こんな若き探検家がいたのかと唸ることだろう。こちらも激しくおすすめしたい。
Amazon Campaign

関連記事
-
-
チェス界のモーツァルト、天才ボビー・フィッシャーの生涯が待望の文庫化
伝説的なチェスプレイヤー、ボビー・フィッシャーの生涯を記録した傑作ノンフィクション『完全なるチェス』
-
-
ヒマラヤ山脈でイエティの足跡を発見|雪男は向こうからやって来た
ヒマラヤ山中で伝説の雪男「イエティ」の足跡を発見したと、インド軍が公式ツイッターに写真つきで投稿した
-
-
好きなことだけを仕事にした、新潟県三条市の世界的アウトドアメーカー「スノーピーク」の経営
新潟県三条市に、あのアップルも見学に来る企業があるのをご存知だろうか?それがアウトドアブランドの「ス
-
-
「もっとヘンな論文」がついに登場|アカデミック・エンターテインメントの最高峰
NHK Eテレの番組「ろんぶ~ん」をご存知だろうか?ロンブー淳が司会を務める、アカデミック・エンター
-
-
【再掲】今年の3月14日は世紀に一度のパイの日だった
すでにご存知の通り、3月14日といえばホワイトデー、ではなくて「パイの日」と答えるのが大正解である。
-
-
打倒青山学院|来年の箱根駅伝をもっと面白くするこの5冊
青山学院の5連覇がかかる来年の箱根駅伝、僕もまた正月の2日間テレビの前に釘づけとなってしまうことだろ
-
-
ソーシャルディスタンスのいま最も濃密な人間関係|プロ将棋棋士の師弟愛と絆
この年末年始なにが盛り上がっているかと言えば、もちろん紅白歌合戦に箱根駅伝、ではないですよね。今年は
-
-
三浦しをんのマニアックな職業視点がいちいち面白い:今度の舞台は社史編纂室
次々と面白い小説を発表し続ける三浦しをん。そんな彼女のモチベーションは、世の中にこんな仕事があったな
-
-
日本語の誤用をとことんを考える『明鏡国語辞典』が10年ぶりに大刷新|新しい「問題な日本語」
今年も国語辞典の話題が多かったが、最新のトピックとして最も注目すべきなのは、やはりこちら、『明鏡国語
-
-
英語辞書の決定版|オックスフォード現代英英辞典に最新第10版が登場
オックスフォード現代英英辞典の最新第10版が出版されたのでさっそく購入。これはもう、英語辞書の決定版
Amazon Campaign
- PREV
- 箱根駅伝「幻の区間賞」と関東学連チーム出場の是非
- NEXT
- 錦織圭の死闘|全豪オープンテニスが面白い