マラソンランナー大迫傑という生き方|東京五輪で引退する「愚か者」
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オリンピック最終日に開催され、最も注目されるともいってよい種目が、男子マラソンである。そして今年の東京五輪では、MGCを通じた選考会など、前々から大きな話題が続いてきた。その最後の舞台が近づいている。
もちろん、日本人選手による金メダルの可能性などほとんどなく、だから僕らはそれを期待しているわけではあい。それでもマラソンランナーの走りにくぎ付けになってしまうのは、彼らの走る姿に、これまでひたむきに努力を積み重ねてきたことや、1秒でも早く走りたいという人間の根源的な渇望といったものを見出すからだろう。
そして今回、日本のスターランナーである大迫傑が、東京オリンピックの走りを最後に現役を引退することを表明した。驚きとともに受け止められたこのニュースだが、なんというか、大迫らしさがよくでた決断と発表のタイミングだったのではないだろうか。先日は、NHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀 『“愚か者”が、道を作る~マラソンランナー・大迫傑~』」でも詳しく紹介されていたのでご覧になった方も多いだろう。
東京五輪マラソン代表に内定している大迫傑(30)。6年前、プロランナーに転向しアメリカに移住、その後日本新記録を2度たたき出した。大迫の実像は謎に包まれてきたが、今回、陸上部の後輩だったディレクターに対し異例の密着取材が許された。華々しく見えるそのランナー人生は実は挑戦と挫折の連続で、何度も屈辱を味わってきた。それでも大きな壁に挑み続け、従来の常識を覆してきた“愚か者”。知られざる闘いの記録。
密着取材から明かされたように、大迫はこれまで常に自分の頭で考え、レース戦略を決めてきた。アメリカに移住し、ケニアに渡り、常により高いレベルの練習環境に自分を置いてきた。コーチなどの他人任せにせず、すべて自分で決めきるその生き方・走り方は、日本の陸上界いやスポーツ界全体を見渡しても、極めて異色であり異端のものである。しかし、大迫がそうした方針に転じたのは、中学時代に部活顧問の言うままに練習した結果、最後の大会で耐えられないほどに悔しい思いをした、という原体験があるのだ。そしてそこから大迫は、常に自分の選手人生をすべて自分でマネージするようになったのだ。
そんな大迫だからこそ、このタイミングでの東京五輪後の引退表明である。彼には今大会でベストの走りができるという自信がある。その自信の裏付けとなる準備も万端だ。そして彼にはその先の人生も見据えている。大迫の今までの思い、これからの願い、そんな気持ちを全てのせたラストラン、僕らは見ないわけにはいかないだろう。興味があればぜひ上記のNHK番組を見て欲しいし、または彼の著作に目を通すのもいいだろう。大迫傑という稀有の才能、不世出のマラソンランナーの最後の走り、目に焼き付けようじゃないか。ちなみに、走ることに関する最高のエッセイとして、村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』もおすすめしておきたい。
市民ランナーのカリスマ、大迫傑、初の著書–。
これは、MGCの前に、オリンピックの前に必読の書である。
大迫傑は、悩みはすべて走ることで解決してきたと言う。
走っている間は、自分自身とじっくりと向き合え、答えを見つけられるのだと。「僕が走ってきた中で見つけたこと、出会ったこと、現在の僕を形作っているものについて振り返ってみた」のが本書の内容だ。
大迫傑の、強さも弱さもすべてがさらけだされ、そこにこの本を出すことの覚悟、これから挑むことへの覚悟を感じる。彼が教えてくれるのは、走ることの辛さと喜び。そしてそれを経験して学ぶ”生き方”。
マラソン日本記録保持者の葛藤から生まれた思考法が1冊に詰まっている。
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