*

【TEDトーク】国語辞典のすすめ:辞書編纂の面白さは、英語も日本語も同じ

公開日: : オススメ書籍

先日のNHK-Eテレ「スーパープレゼンテーション」に、辞書編纂者のエリン・マッキーンが登場。そのトークを興味深く聞いた。

1971年生まれ。8歳のとき、Oxford English Dictionaryの辞書編纂者Robert Burchfieldに関する新聞記事を読み、辞書編纂の仕事に興味を持つ。93年、シカゴ大学で言語学の学士を取得。大学を卒業後、教育書籍の出版社で子ども用英語辞書の編集に携わった後、04年、Oxford University PressでThe New Oxford American Dictionaryの編集責任者となる。08年、Reverb Technologies 社を起業し、09年、オンライン辞書Wordnikを立ち上げる。アメリカの新聞や雑誌に、言葉に関するコラムを寄稿している。趣味はビンテージの布地を集め、洋服を縫うこと。また、彼女が綴る「A Dress A Day」というファッション・ブログが人気で、13年、「The Hundred Dresses」というファッション事典も出版した。

 

 

彼女のトークの中でひときわ印象に残ったのが、辞書をつくっていると言うと「間違った言葉づかいを正す警官」をイメージする人が多いけれど、決してそんなことはないということ。むしろ、なるべく多くの言葉を辞書に載せるために、「いつも新しい言葉を探している漁師」のような仕事なのだと。

 

なぜこのエピソードに僕が惹きつけられたかと言えば、それはやはり同様のことを、日本語の辞書づくりの天才・見坊豪紀(通常ケンボー先生)が言っていたからに他ならない。洋の東西や言語の違いにも関わらず、辞書編纂というある種の特殊作業に携わる人たちが持つ感性に共通する部分を見つけたことに、なぜか思わずうれしくなってしまったのである。

 

photo credit: jDevaun.Photography via photopin cc

photo credit: jDevaun.Photography via photopin cc

 

 

日本語の辞書編纂といえば、本屋大賞第一位をとったベストセラー、三浦しをん著『舟を編む』がまだ記憶に新しい。松田龍平と宮崎あおい主演で映画化もされ、これがまたなかなか素敵な映像となっていたので、まだご覧になっていない方には、ぜひともオススメしたい。

 

 

 

さて、見坊豪紀が辞書編纂の哲学としたのが、「辞書は言葉の鑑であると同時に鏡であれ」ということ。つまり辞書には、言葉を正す「鑑」の性格と、言葉の実態を映す「鏡」の性格の両方が備わっており、そのどちらを重視するかが辞書づくりの重要な編纂方針となってくるということだ。そして、とくに見坊が重視したのが現代語の変化をいち早く辞書に反映させようという鏡としての役割であったのである。

 

だからこそ、見坊豪紀が手がけた三省堂国語辞典(通称サンコク)では今もその哲学が貫かれ、いちはやく新語や若者言葉などを収録しており、それが他の多くの辞書とは決定的に異なる特徴となり、「新語に強い」という定評を得ているのだ。「学校で教えて欲しいおすすめ国語辞典の選び方・使い方・遊び方:複数の辞書を比較して使い分けよう」でも詳しく書いたように、辞書にはそれぞれ個性がある。だからこそ、目的に合った一冊を選ぶこと、そして出来れば複数の辞書を用意して使い分けることが大事になってくるのである。

 

 

そんな三省堂国語辞典が、それでは見坊亡き後、どのように編纂されているのかについては、まさにその作業のまっただ中にいる飯間浩明の『辞書を編む』の描写が大変に興味深い。街を歩き、新しい店の看板に斬新な日本語を見つけてはメモに取り、ファストフード店で高校生の会話に耳を傾け若者特有の新語を採集する。下手すりゃタダの怪しい中年に間違われかねない、そんなキケンをものともせず、新しい日本語との出会いを探し続けるさまは狩人のそれに近い。なにしろ文字通りの、新語ハンティングなのだから。

 

 

さて、そんな辞書作りの天才にして、今なお三省堂国語辞典の編纂方針に大きな影響を与え続ける見坊を語るには、その終生の同志でありながら、人生の途中で袂を分かったもう一人の天才・山田忠雄という人物を語らないわけにはいかないのである。「ケンボー先生の三国と山田先生の新明解」で紹介したように、東大同級生にして元々は同じ一つの辞書作りに取り組んでいた見坊と山田の二人は、次第にそれぞれの理想が違う方向を向いていることに気付き、そしてある瞬間を境に決別することとなってしまう。1972年の1月9日という一日に、ふたりの間に一体何があったのか、その日本辞書史上最大の謎に迫ったのが、この『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』という読み応えのある一冊だ。めちゃくちゃ面白い超弩級のノンフィクション。少しでも辞書というものに関心があるのなら、ぜひとも読んで頂きたい(参考:いま日本で最も売れている「新明解国語辞典」の誕生秘話)。

 

 

というわけで、TEDトークで英語の辞書編纂者の話を聞いたことがきっかけで、改めて言葉という生き物の面白さと、辞書作りの奥深さに気付かされたわけである。そして繰り返しになるが、「辞書はどれも同じようなもの」では決してないのである。辞書編纂に携わる人の哲学と個性が存分に発揮された、かけがいのない一冊なのである。どの辞書にどんな特徴があるのかを、真面目にでもカジュアルに解説してくれるのが、この『学校では教えてくれない!国語辞典の選び方』である。「学校で教えて欲しいおすすめ国語辞典の選び方・使い方・遊び方:複数の辞書を比較して使い分けよう」でもイチオシした一冊であるが、辞書芸人サンキュータツオの熱のこもった筆から、彼がいかに国語辞典を愛しているのかがよく分かる内容。これもものすごく面白い、おすすめの辞書本です。

 

 

Amazon Campaign

follow us in feedly

関連記事

medium_5440728466

Kindle電子書籍『クラウドソーシングの衝撃』は、成長著しい市場を概観する希少な業界本

『クラウドソーシングの衝撃』(比嘉・井川著)がKindle電子書籍が大幅に値下げされている。本書は現

記事を読む

credit: permanently scatterbrained via FindCC

Kindle電子書籍で手軽に読む高野秀行の探検記シリーズは、フィクションかと思うほどの強烈ノンフィクション

高野秀行という作家はものすごく強烈な個性を放っている。「高野秀行はセンス抜群の海外放浪ノンフィクショ

記事を読む

Dow-Jones-WSJ125-2

Wall Street Journal 125周年と、アメリカ現代史

ちょうど昨年、「フィナンシャル・タイムズ(FT)とウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」で書い

記事を読む

puma

スポーツの統計学|データ・サイエンティストたちのゲーム分析

スポーツ界に広がるデータ革命 これまで何度か書いてきたように、スポーツとデータというのはとても相性

記事を読む

chemistry-740453_640

「もっとヘンな論文」がついに登場|アカデミック・エンターテインメントの最高峰

NHK Eテレの番組「ろんぶ~ん」をご存知だろうか?ロンブー淳が司会を務める、アカデミック・エンター

記事を読む

medium_2388310523

『科研費獲得の方法とコツ』は、科研費申請予定の研究者必携の一冊

研究者にとっての秋は、科学研究費助成事業(科研費)の締切が迫る時期でもある。今年は11月10日が最終

記事を読む

aooni

クラフトビール業界ナンバーワン・ヤッホーブルーイング自慢のIPA「インドの青鬼」の苦みが最高に旨い

今年もまたビールが旨い季節がやって来た。もちろん、クラフトビール飲んでますよね?数年前から盛り上がり

記事を読む

the-ball-488718_640

欧州サッカー「データ革命」|スポーツを科学する最前線ドイツからの現地レポート

先日書いた「錦織圭の全豪オープンテニスをデータ観戦しながら応援しよう|IBMのSLAMTRACKER

記事を読む

3433059070_6e431d84dd_z

プレゼンを準備する前に繰り返し読みたいおすすめの一冊『TED TALKS』

話題の一冊『TED TALKS』を読んだ。ご存知いまや圧倒的なプレゼンスを獲得したTEDカンファレン

記事を読む

photo credit: TomFahy.com via photopin cc

山に登るということ:登山と遭難とそして救助

2008年のマンガ大賞にも選ばれた、山岳漫画『岳』。いまさら言うまでもないが、これものすごく胸を打つ

記事を読む

Amazon Campaign

Amazon Campaign

kindle-1611-gentosha
【Kindle特大セール】幻冬舎の電子書籍が半額以下の大キャンペーン|おすすめ8作品

幻冬舎による大型キャンペーン【最大50%OFF】幻冬舎電本フェス が期

medium_2388310523
誰も教えてくれない、科研費に採択されるコツを公開|研究費獲得に向けた戦略的視点2017年版

今年も9月になり、科学研究費助成事業(科研費)の締切が近づいてきた。自

kindle-1605
【Kindleセール】ゴルフ・データ革命ほか、おすすめ6冊

Kindle 今月の日替わりセールが一新されたが、その中での一番のおす

medium_8822210920
辺境ライター高野秀行の原点『ワセダ三畳青春記』の「野々村荘」こそ日本最後の秘境

「高野秀行はセンス抜群の海外放浪ノンフィクション作家」にも詳しく書いた

last-lecture-ishiguro
人間はアンドロイドになれるか|ロボット工学者・石黒浩の最後の講義

大学教授が定年退官の前に行う授業、それがこれまでの「最後の講義」だった

konchu
若き昆虫学者のアフリカ|いまこそ昆虫が面白い

もうご存知と思うが、いま昆虫が熱い。ちょっと前から大ブームだ、とまでは

tennis-ball
テニスプロはつらいよ|トッププレイヤー錦織圭とその他大勢の超格差社会

2014年の全米オープンテニスで日本人初のグランドスラム決勝進出を果た

auroras-1203288_640
スノーピーク初のグランピング施設が三浦半島にオープン

いよいよ夏が近づき、今年はまたキャンプにでも行こうかという話があちこち

PAGE TOP ↑