連邦最高裁判事9人が形づくるアメリカの歴史
下の写真がアメリカ連邦最高裁判所だ。各種ニュース等での報道の通り、今回はこの最高裁が、これまで人工妊娠中絶を合憲だとしてきた判例を約半世紀ぶりに覆すことになった。すでにアメリカ各地では、そしてこの連邦最高裁周辺においても、大規模なデモや反対運動が始まっている。
(NHK)アメリカの連邦最高裁判所は、人工妊娠中絶をめぐり「中絶は憲法で認められた女性の権利」だとした49年前の判断を覆しました。今後、全米のおよそ半数の州で中絶が厳しく規制される見通しとなり、中絶容認派は強く反発する一方、中絶反対派からは歓迎の声が上がるなど国内の受け止めは大きく分かれています。

なぜ最高裁自らが、自分たちの昔の判断を覆すような異例のこととなったのか? それは、このアメリカ連邦最高裁の判事の構成がここ数年で大きく変わったからに他ならない。9人しかいない最高裁判事だが、これまでは、リベラルと保守が、5-4 または 4-5 というような拮抗する形で構成されてきた。そしてこの最高裁判事は終身制であるため、本人が亡くなるか、もしくは自ら退任した場合にのみ、新たな判事が補充されるのだ。そして、その判事を指名するのは大統領の権利となっている。
つまり、いくら大統領の任期が長かったとしても、ひとりも判事を指名できないこともあれば、短命に終わった政権であっても複数人の判事を指名する機会を得ることもある、ということになる。その典型例が、トランプ大統領時代の保守党であり、一期4年間で終わったトランプ大統領であったが、なんとこの間に3人もの判事を後任指名することができたのだ。
アメリカ大統領がもつ大きな権限の中でも、この連邦最高裁の判事指名は極めて大きい。なにしろ、まさにこのトランプ元大統領のように、自分が大統領職を退いたあとでも、将来にわたって長期的にアメリカ社会に影響を与えることができるのだから。
しかし、こうして選ばれたたった9人の連邦最高裁判事の素顔は驚くほど知られていない。アメリカで国を二分するほど紛糾した議論となった過去がある、黒人や女性の権利など、最終的にはこの9人がまさにジャッジを下してきたのだ。そんな彼らの仕事ぶりや人となりを追った傑作ノンフィクションがこちらの『ザ・ナイン』である。アメリカ建国の精神にのっとり、合衆国憲法と対峙し、そして時代に合わせた決定的な判断を下してきた、エリート中のエリートである9人の、挑戦と奮闘そして苦悩と葛藤がここにある。いま、半世紀ぶりに最高裁判例が覆り、アメリカ社会は揺り戻す方向に大きく舵が切られた。その背景には、この9人の構成バランスが崩れたことが挙げられ、しかもそのバランスが元に戻るには相当長い時間を覚悟しなくてはならないのだ。こうしたアメリカの、国づくりの力学を理解するためにも、本書は格好のテキストになると言えるだろう。これまで謎に包まれてきた法廷の裏側に迫る、今こそもっと読まれて欲しい、異色の力作なのだ。
保守派の台頭と9人の最高裁判事(ザ・ナイン)。人種、性、妊娠中絶、福音派、大統領選挙など、巨大国家の行方を定める判事たちの知られざる闘いを追った傑作法廷ノンフィクション!ニューヨーク・タイムズ年間最優秀図書。
Amazon Campaign
関連記事
-
-
【再掲】今年の3月14日は世紀に一度のパイの日だった
すでにご存知の通り、3月14日といえばホワイトデー、ではなくて「パイの日」と答えるのが大正解である。
-
-
少年よ、大木を抱け。WOOD JOB!
本屋大賞を受賞した三浦しをん『舟を編む』で思わず国語辞典にはまってしまった僕が、その後辞書を一式揃え
-
-
バレンタインの統計学と経済学
明日は男性諸君が待ちに待ったバレンタインデーですよね!? というわけで以下のエントリを再掲。そして、
-
-
2023年第99回箱根駅伝・記憶に残るが記録に残らない激走|関東学連・新田颯の名勝負
今年の箱根駅伝は、駒沢大学の三冠達成にくわえ、古豪・中央大学の復活、そして東京国際大学ヴィンセントの
-
-
大学入試数学 不朽の名問100|大人のための「数学腕試し」
世に数多といる数学のファンと猛者のみなさま、この1冊はもうすでに読みましたか? 科学もので知られる人
-
-
2020年、本ブログで最も売れたこの1冊
さて、2020年、本ブログ経由でもっとも購入数が多かったのは、なんと、なんと、新明解国語辞典でした!
-
-
第69期将棋タイトル王座戦五番勝負最終第5局、新潟県南魚沼市で開幕せず!
さてさて、永瀬拓矢王座に木村一基九段が挑戦する第69期王座戦五番勝負、ご覧になってますか? 現在の四
-
-
今こそ再び学ぶ『英語の読み方』|読めるか読めないかそれが問題だ
英語学習に関する書籍というのは、それこそ書店に溢れていて、玉石混交でどれを選んだらいいのか分からない
-
-
日本将棋マネーリーグ|今年も賞金ランク首位は豊島将之竜王、藤井二冠は?
先日は毎年恒例の「欧州サッカー・マネーリーグ」が発表され、今年もスペインのFCバルセロナが収入ランキ
-
-
アメリカ連邦最高裁、49年前の判断を覆す|今こそ憲法で読むアメリカ史
すでに日本においてもニュースや新聞を始めとする各種メディアで報道・解説されている通り、アメリカ連邦最
