ゲーム理論とサッカーW杯そしてPK戦:なぜネイマールは右へ蹴ったのか?
ブラジルで開催中のサッカーW杯もいよいよベスト8。ますます眠れない夜が続く。さて、今回のワールドカップほどデータで語られたものはなかったように思う。連日海外メディアを中心に、様々なデータで試合結果と分析さらには歴史的推移まで見せてくれ、その意味でも大変に見どころの多い大会となっている。
例えば、決勝トーナメントといえばPK戦。ブラジルも今回の1回戦チリ戦で薄氷の勝利を経験したように、蹴る者にとっても見守る者にとっても、胃が痛い瞬間であり、心臓が縮む思いがする。そんなワールドカップPK戦のキックの足跡を示したのが、Economist の記事 “Combat kicks” だ。歴史的には約70%がキックを決め、約10%がゴールエリアを外したという結果だ。以下のオレンジ色の大きな丸は、1994年大会の決勝PK戦でバッジオが外したあのキック。サッカーファンにとっては今も瞼の裏に焼き付いている光景だが、バッジオよりも大きく外した選手も過去数名いたというのが、グラフィカルに図示されている。
THE penalty shoot-out transforms football from a team sport to one-on-one combat, a showdown between kicker and goalkeeper. Our interactive chart visualises all 223 penalties taken during shoot-outs at World Cup games, from when they were introduced in 1978 to the current matches. Clicking on a shot calls up the player and game (and occasionally a video clip of the shot). In all, about 70% of the kicks were scored while 10% missed the goal area completely, according to data from Opta Sports. Of the teams that advanced to the knock-out stage in this year’s tournament, Germany has the best record, scoring in 17 of 18 attempts.
さて、そんなPK戦を経済学的に研究したのが、新刊 “Beautiful Game Theory: How Soccer Can Help Economics” を著した、London School of Economics の Palacios-Huerta 教授。New York Times の記事 “The World Cup Can Help Test Economic Theories” の中でも次のように書いている。
For instance, I’m interested in penalty kicks. In addition to being an exciting part of the game, penalty kicks present an opportunity to test an important idea in economics: the Nash equilibrium. (中略)I analyzed 9,017 penalty kicks taken in professional soccer games in a variety of countries from September 1995 to June 2012. I found, as Mr. Nash’s theory would predict, that players typically distributed their shots unpredictably and in just the right proportions.
さらにもっと面白いのが、この Palacios-Huerta 教授があの『「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理』の著者 Simon Kuper と組んで、PK戦のデータ分析結果を各サッカーチームに売り込もうとしたところ。いよいよそういう時代になったんだな。きちんとデータを集めて分析し、今まで知られていなかった知見を引き出して、それを次の戦略に役立てる。そんなデータや分析結果がきちんとマネーになる時代、実に素晴らしいじゃないか。結果的にそのデータは売れなかったらしいんだけどね(笑)詳細は Financial Times の “World Cup: Teams lacking shootout data will pay the penalty”.
Palacios-Huerta 教授はブラジルのネイマールを “Neymar is not an incredible guy for kicking penalties” と評し、そのキックの方向がキーパーの右側もしくは真中だと指摘し、”I’ve never seen him kick left” と結論付ける。今回のW杯1回戦、ブラジルがチリと勝負したPK戦、ネイマールがどちらに蹴ったか覚えているだろうか?そう、キーパーの右側である。歴史にもしもはないのだけれども、チリがこのデータを買っていたならば、もしくは自分たちでデータ分析に力を入れていたならば、ブラジルはあの場で舞台を去っていたのかも知れない。
しかし一方で、こうしたデータ整備・分析がまだまだ未成熟だからこそ、サッカーは面白くそしてビジネスチャンスが無限に広がっているとも言えるのではないだろうか。ネイマールの大会、メッシの神業、新星ロドリゲス。今大会が将来どのように記憶されるのかはまだ分からない。ただ今大会を機にサッカーがデータ・サッカーへと大きく舵を切った、そんな大会だったと振り返られるような気がしてならない。眠れない夜はもう暫く続く。
Amazon Campaign

関連記事
-
-
あの伝説の一戦「3連勝4連敗」から9年|羽生善治・永世七冠誕生
2017年12月5日、長い将棋の歴史に新たな偉業が刻まれた。羽生善治が竜王位を奪還し永世竜王となり、
-
-
「幸せの国」ブータン王国を築いた国王のリーダーシップとマネジメント
「眞子さま、ブータンから帰国 」(日経新聞)等と各種ニュースで報道されたように、日本とブータンとの友
-
-
いまこそ本当の宇宙兄弟を目指す|13年ぶりの宇宙飛行士選抜試験いよいよ始まる
大ヒット漫画『宇宙兄弟』を挙げるまでもなく、僕らはみな子供の頃から宇宙が大好きだった。そして、あの頃
-
-
囲碁マネーリーグ|井山裕太五冠が11年連続の賞金王そして1億円越え
囲碁棋士の2021年賞金ランキングが発表され、棋聖、名人、本因坊を防衛し王座、碁聖を奪取した井山裕太
-
-
定番ボードゲーム「モノポリー」もクラウドソーシングする時代へ
"Rethinking Monopoly: Rules of the game" という先日のEco
-
-
藤井聡太・新棋聖誕生|史上最年少タイトル獲得の瞬間を目撃したか?
藤井聡太七段、渡辺明棋聖を3勝1敗で下し、史上最年少で初タイトルを奪取した(時事通信社)。僕らは今、
-
-
5月25日は「広辞苑の日」って知ってましたか?
「ことばは、自由だ。」というキャッチフレーズでも知られる、岩波書店の「広辞苑」は、国語辞典の代表格と
-
-
岩波書店がAmazonで電子書籍Kindle版を配信開始:おすすめは『日本人の英語』
岩波書店がいよいよAmazonでも電子書籍を配信開始、というニュース。岩波文庫や岩波現代文庫そして岩
-
-
【応募書類受付中】NASAが宇宙飛行士を新規募集|火星に行く大チャンス
もうご存知と思うが、アメリカの National Aeronautics and Space Adm
-
-
史上最年少プロ棋士・藤井聡太の初勝利と『将棋の子』たち
史上最年少のプロ棋士が誕生したと話題となったのが2016年9月のこと。それから3か月が経ち、今度は若