*

永世竜王・渡辺明の『勝負心』と、あきらめたらそこで試合終了だよ

公開日: : 最終更新日:2014/02/24 オススメ書籍

渡辺明の新著『勝負心』を読み終えたところなのだが、これが実に面白かった。「羽生世代」に続く、将棋界の次の時代を築いている勝負師が、その胸の内を存分に語った一冊。

 

この20年、将棋界は“羽生善治”という巨星を中心に回ってきました。今、その巨星に劣らない輝きを放っているのがこの男。史上4人目の中学生棋士としてプロデビューし、弱冠20歳で棋界最高位「竜王」に上り詰め、そのまま5連覇して「初代永世竜王」の称号を得た渡辺明さんです。1970年前後生まれの“羽生世代”に、一回り以上年少の渡辺さんが単身渡り合っている、という状況がもう10年ほど続いています。7割近い通算勝率を誇り、唯一、羽生善治と五分の星を残している彼の強さの秘訣はどこにあるのか? 「ゲンは担がない。将棋に運やツキは関係ない。すべて実力」と言い切る渡辺さんが、人間同士が対峙する将棋という勝負の厳しさ、奥深さ、そしてその一見ドライなスタイルの裏に隠し持った勝負を制するために必要な心構えを惜しみなく語り尽くします。

 

一番の読みどころは、渡辺が羽生に対して持つ尊敬と畏怖の念。羽生VS渡辺の戦いは、絶対的王者の羽生に血気盛んな生意気盛りの若造が挑戦するという構図に見られがちだったが、本書では渡辺が羽生に対して持ち続けている気持ちがびっくりするほど正直に綴られている。しかも、羽生の著書からの引用も多く、相手の著作をきちんと読み込んでいる様子が伺える。渡辺に対する見方が変わる一冊、といっていいかもしれない。

 

shougi_old_board

 

とくに、本書の中で僕個人の興味を最も引いたのは、2008年の竜王戦で羽生を相手に防衛した、あの奇跡ともいえる将棋タイトル史上初の「3連敗4連勝」に関するエピソードだ。「羽生と将棋と大局観」で書いたように、負けた羽生自身はこの戦いのことを既に深く振り返っており、この稀代の棋士に著書『大局観』の中で、「ただ、一つだけ言えることはこの『三連敗四連勝』で私の棋士としての人生観にも変化が訪れたのであった。」と語らせたほどの、伝説の激闘である。

 

 

この羽生の著書を読んでいた僕にとっては、敗者となった羽生の洞察は大変に読ませる内容だったのはもちろんのこと、今回の渡辺の著作によって、同じ試合の勝者の考えを合わせて読めるという点に、最大の関心があったのである。三連敗と追い詰められた渡辺がどう気持ちを立て直すのか、そしてその後どの一手がターニングポイントとなって、最終的には四連勝で竜王を防衛するという快挙を成し遂げたのか、それはもう本書を読んで頂くのが一番である。

 

興味深いエピソードが満載で、将棋ファンはもちろんのこと、そうでない人も将棋の面白さを知る格好の入門書となるだろう。「南魚沼の名門老舗旅館『龍言』と将棋タイトル王座戦」で紹介したように、地元南魚沼の『龍言』では竜王戦を開催することが多く、そのときの対戦談が語られているのも嬉しい内容だった。

 

最後に一言。ご存じの方も多いだろうが、渡辺の奥さんも(将棋ファンのあいだでは)これまた大変な有名人なのだが、その彼女が三連敗を喫した夫にかけた言葉は今や伝説の語りぐさ。以前にも、あきらめたらそこでお終い、と書いたように、それはまったくもってその通りなのだけれども、このときの彼女ほど、この台詞を最高のタイミングで使った人を、僕は見たことがない。その彼女の一言が、もう負けられないというところまで追い詰められた夫を奮い立たせたのか、させなかったのか、というのも、本書の隠れた読みどころだと思う。

 

 

Amazon Campaign

follow us in feedly

関連記事

アカデミアへの転身と、アカデミアからの転身

日本テレビの桝太一アナウンサーが、16年間在籍した同局を今年3月で退社し、4月からは同志社大学ハリス

記事を読む

ニューノーマルなバレンタイン|恋と愛とチョコレートの経済学

バレンタインな週末がやってきましたね。諸兄の皆様方に置かれましては、ニューノーマルな暮らしの中におい

記事を読む

艶やかに美しく|魅惑の文房具ガラスペンの世界

ガラスペンってご存知ですか? 僕自身つい最近まで知らなかったし、ましてや使ったことはおろか、触ったこ

記事を読む

NHK短編ドラマ・星新一の不思議な不思議な世界

7/4月曜から始まるNHKの短編ドラマは大注目だ。なにしろ、あのショートショートの傑作をこれまで千編

記事を読む

若き探検作家・角幡唯介の「極夜行」は最悪の旅だからこそ最高のノンフィクション

探検家・角幡唯介のノンフィクション作品を読んだことがある人も多いことだろう。NHKでも特集番組となり

記事を読む

新中学生・高校生から新社会人にまでおすすめする国語辞典4選|辞書それぞれの個性を理解して選ぼう

中学生・高校生から新社会人まで必須アイテムとしての国語辞典 春から新たに中学校・高校・大学に入学す

記事を読む

若き研究者フィギュアスケート町田樹のスポーツ文化論

2022年の冬季北京五輪の開幕も近づいてきた。ウィンタースポーツの代表例のひとつが、フィギュアスケー

記事を読む

誰も教えてくれない、科研費に採択されるコツを公開|研究費獲得に向けた戦略的視点

また今年も科学研究費助成事業(科研費)の締切が近づいてきた。今月から来月にかけては、日本にいる数多く

記事を読む

ゴリラ研究者にして京都大学新総長・山極寿一『「サル化」する人間社会』が、もんのすごく面白かった

現在シーズン2が放送中のNHKスペシャル「ホットスポット」。先月放送された第一回の「謎の類人猿の王国

記事を読む

japanese igo

囲碁マネーリーグ|井山裕太五冠が11年連続の賞金王そして1億円越え

囲碁棋士の2021年賞金ランキングが発表され、棋聖、名人、本因坊を防衛し王座、碁聖を奪取した井山裕太

記事を読む

Amazon Campaign

Amazon Campaign

卒業・入学おめでとうキャンペーン|80年記念の新明解国語辞典で大人の仲間入り

今年もまた合格・卒業、そして進級・進学の季節がやってきた。そう、春は

食の街・新潟県南魚沼|日本一のコシヒカリで作る本気丼いよいよ最終週

さて、昨年10月から始まった2022年「南魚沼、本気丼」キャンペーン

震災で全村避難した山古志村|古志の火まつりファイナルを迎える

新潟県の山古志村という名前を聞いたことのある人の多くは、2004年1

将棋タイトル棋王戦第3局|新潟で歴史に残る名局をライブ観戦してきた

最年少記録を次々と塗り替える規格外のプロ棋士・藤井聡太の活躍ぶりは、

地元密着の優等生|アルビレックス新潟が生まれたサッカーの街とファンの熱狂

J2からJ1に昇格・復帰したアルビレックス新潟が今季絶好調だ。まだ4

【速報】ついに決定|14年ぶりの日本人宇宙飛行士は男女2名

先日のエントリ「選ばれるのは誰だ?夢とロマンの宇宙飛行士誕生の物語」

3年ぶりの開催|シン魚沼国際雪合戦大会で熱くなれ

先週末は、コロナで過去2年間見送られてきた、あの魚沼国際雪合戦大会が

国語の入試問題なぜ原作者は設問に答えられないのか?

僕はもうはるか昔から苦手だったのだ。国語の試験やら入試やらで聞かれる

PAGE TOP ↑