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アートで生まれ変わった清津峡渓谷トンネル|越後妻有アート・トリエンナーレ「大地の芸術祭」の舞台へ

公開日: : アート, オススメ, 南魚沼・新潟

9月の連休を皮切りに、これから秋の行楽シーズンがはじまる。もちろん今年はコロナ禍でこれまでと同じような旅行はなかなかに難しい。慎重な人はもうしばらく自宅で過ごす時間が多くなるのも当然だ。いっぽうでは観光業を中心に瀕死状態の業界もおおく、東京がGo To キャンペーン入りしたように、ビジネスとして生き残るために少しでも多くの観光客に来てもらいたい、という人が多いのもまた理解できる。

 

というように、判断が難しいところではあるが、もしも秋にどこかにお出かけするのなら、当然のごとく「新たな様式」として、つねに三蜜を避け、マスク・手洗いを忘れずに、ということなのだろう。その意味では、屋内で密集する可能性がある場所よりは、屋外のほうがよいのかも知れない。

 

だから、もしも新潟方面へ来るのなら、清津峡はいかがだろうか?日本三大峡谷のひとつとして数えられるこの清津峡は、じつは今、世界から注目されるアートスポットとなっているのだ。清津峡の入れ口は、以下の写真のような感じで、清流・清津川が涼しげに流れている。そして、ここから始まるのが、ここ清津峡のいちばんのハイライトである、清津峡トンネルなのだ。

 

 

 

 

さて、その清津峡トンネルが建設された背景だが、これがなかなかに険しい当地の自然を端的にあらわしている。あまりにも険しい峡谷沿いの道を、安心して歩けるようにという目的で出来たのが、この清津峡トンネルなのである。だから、正直なところ、いままではこのトンネルはとくに観光客向けのものでもないし、ましてやここが世界から注目を集めるような観光地になるとも思っていなかったのだ。僕も以前に来たことがあるけれども、なんということもない殺風景なトンネルが長く続いており、そこからところどころ渓谷美が見えるくらい、のものだったのだ。それが、2018年、一気に変貌することになるとはね。

 

 

清津川に沿って、清津峡温泉から八木沢にぬける遊歩道(登山道)があり観光客の立入、通行が可能だったが、春先はなだれや残雪で通行不能、また大小の落石や土砂崩れが頻発し、大変危険な道だった。

1988年(昭和63年)7月、落石が頭にあたり男性1名が亡くなるという事故が発生した。以来、通行の安全が保証できないということで、この歩道は通行はもちろん立ち入りも一切禁止となった。これにより、温泉街から奥に入ることができなくなり、もっとも柱状節理の峡谷美が見事な場所(屏風岩)を見ることができないという状態が続いた。地元や観光客から、せめて峡谷美だけでも見られるようにしてほしいという要望が多く、環境庁(国立公園担当)、文化庁(天然記念物担当)、新潟県などの関係機関と地元中里村との間で検討が始まった。

そこで、

  • ①閉鎖した遊歩道の再開は不可能。
  • ②岩が崩れやすく安全な歩道の整備は困難。
  • ③国立公園内であり、外観を損なう大規模な人工物の建設は認められない。
  • ④国立公園とはひろく国民に利用されることが目的であり、観光資源としてもこのまま放置しておくことはできない。

などのことから、歩道の代替施設として、安全に通行でき外観を損ねない歩道トンネルの建設が決まった。新潟県の補助金をうけ、中里村が事業主体。総工費約20億円。平成4年に着工され、平成8年10月1日に清津峡渓谷トンネルとしてオープンした。閉鎖されてから8年ぶりに、清津峡の峡谷美がその一部ではあるが見られるようになった。川沿いの遊歩道は、現在も立ち入り禁止となっている。今は、頭上(天候や落石)、足もと(段差や石など)を気にせず安全に鑑賞できる。[ベビーカーや車椅子の利用ができる]などのことから、特に小さいお子様や、お年寄などの足の悪い方が御一緒の家族連れや、団体ツアーの業者様からは御好評をいただいている。また、山奥の冬の雪景色という珍しい光景が気軽に見られるという価値が認められつつある

 

 

この清津峡谷エリアを含む、新潟県の越後・妻有エリアでは、3年に一度、世界的な芸術祭アート・トリエンナーレ「大地の芸術祭」を開催している。第一回開催が2000年だから、もう20年が経つことになる歴史的ある芸術祭だ。3年に一回の開催だから、前回は2018年、そして次回は来年という予定だ。その前回2018年のときに、ここ清津峡全体がアート作品となり、それが芸術祭が終了した後も常設されているのが、いまの清津峡トンネルというわけなのだ。

 

新潟県の南端、十日町市と津南町で3年に1度開催される「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ」。2018年夏に7回目の会期を迎えました。 里山と棚田の緑が広がる豪雪地に、馴染みのないアートがやってきてから約20年。7回の開催を通して、大地の芸術祭が切りひらいた「アートによる地域づくり」は、新たなフェイズを迎えました。2018年夏は、日本国内のみならず、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなど世界各地から多くの旅人が越後妻有を訪れ、約55万人の来場者を記録しました。本書は2018年の芸術祭の全作品とイベントを収録した記録集です。越後妻有里山現代美術館[キナーレ]での企画展「2018年の〈方丈記私記〉」に関する、建築家・原広司氏の報告「廻る人」のほか、オフィシャルサポーターやアーティスト、地域住民など、芸術祭の20年を支えてきた人びとの声も掲載。

 

 

 

2018年の第7回 大地の芸術祭で、中国の建築事務所・マ・ヤンソン/MADアーキテクツの設計によりトンネル全体をリニューアル。その結果、アート作品「Tunnel of Light」が誕生したのだ。トンネル内部と新たに設置したエントランス施設のいくつかのポイントに、自然の「5大要素」(木、土、金属、火、水)をモチーフにした建築的な空間とアーティスティックな雰囲気がつくりだされ、トンネル全体が生まれ変わった。全長750mのこの長いトンネルには、3ヶ所の見晴所があり、トンネルの終点となるパノラマステーションからは、素晴らしい峡谷美を堪能することができる。特に、観光客お目当ての終点のパノラマステーションでは、峡谷の景色を水鏡で反転させた幻想的なアート空間が広がり、インスタ映えをねらった写真撮影に行列ができるほどだ。

 

ちなみに、当然ですがぼくも一枚、以下のとおり、終点パノラマステーションにてばっちりな写真を撮ってきましたよ。行ったときはまだ人も少ない朝の時間帯だったので、とくに並ぶこともなく何枚も撮影できたけど、帰る頃には徐々に人の列ができ始めていたので、行くならお早めにね!

 

 

 

 

 

というわけで、以前の殺風景なトンネルの頃も知っている僕からすると、なんとまあアートのちからでここまで変貌するものなんだな、と感慨深いものがあるのだ。さて、そんなインパクトのあるアート作品を、そして芸術祭全体をプロデュースしているのが、北川フラムである。瀬戸内国際芸術祭の総合ディレクターでもあり、そちらに行ったことがいる人も多いだろう。新潟出身の北川フラムが、瀬戸内に先駆けて始めたのが、この「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」だったのだ。これまでにないコンセプトで、その土地に根差したアート作品をつくり、そのためには地元住民との協働・共生、そして記憶の共有が不可欠であった。そんなまったく新しいコンセプトで立ち上げたこの芸術祭は、世界中から注目を集め、そしてそのコンセプトに共感・共鳴したひとびとを惹きつけてきた。これこそ、オンラインでは代替できない、土地がもつ物理的な魅力であり、地元の人との交流から生まれるそのときならではの価値なのだ。

 

だからもしも、コロナ禍における新たな観光を考えるのであれば、これほど相応しい場所はないかも知れない。オンラインで出来ることと出来ないことを峻別し、やはりその場にいきたい、その時を一緒に過ごしたい、そういう思いが芽生えるかも知れない。今年は3年に1度の芸術祭の年ではない、だけれども、そしてだからこそ、多くの観光客はいないし、それでいてこの清津峡トンネルのようにいつでも見ることができるアート作品が多いのだから、もしよければ今年行ってみてはどうだろうか。もちろん来年の本番を待ってもよいだろう。もしそうであるならば、ぜひ北川フラムの以下の2冊を読んでみて欲しい。『美術は地域をひらく』は、まさにこのタイトルが彼のコンセプトを象徴しているように、彼がここ越後妻有で「大地の芸術祭」と銘打ったアート展を開催したその思いがつまった一冊だ。そしてもうひとつの『ひらく美術』は、この大地の芸術祭をふまえ、彼がいま考えているアート、そしてこれからのアートについて語り尽くしたものである。

 

アートに興味があればもちろんんこと、今まであまり関心がなかった人にも読んでもらいたい。なにしろ、今後の新たな様式化での観光には、その土地特有の魅力を、そこに行かねばならない理由をつけて提案することが求められているかも知れないからだ。この2冊めちゃくちゃおすすめです。ぜひ読んでみてください。

 

「アートによる地域づくり」のパイオニアとして、日本のみならず、世界に影響を与えてきた「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の全貌

瀬戸内国際芸術祭の総合ディレクターとしても知られる北川フラムがその原点、大地の芸術祭の構想から現在まで17年に及ぶプロジェクトの軌跡、手法を過去5回の芸術祭で生み出された膨大な作品のヴィジュアルと共に、多面的に開示する決定版! 安齊重男、森山大道らによる作品写真を多数収録!

<本書について>
90 年代後半、なにも前例のない構想に地域でとりかかったときの生みの苦しみから、一定の成果を収めたうえでの新たな展開の模索、さらに社会の意識や経済状況の変化、自然災害などさまざまな追い風、逆風にもまれながらプロジェクトが拓いてきた現時点の展望まで、豊富なアート作品写真、実践の紹介とともにディレクター自ら縦横無尽に語り尽くします。

 

 

世界最大級の国際芸術祭「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。新潟県の里山を舞台に、美術による地域再生を目指して、3年に1度開かれている。本書は、その総合ディレクターによる地域文化論である。文化による地域活性化とはどのようなものか。人と人、人と自然、地方と都市が交わるためにはどうすればいいのか。さまざまな現場での実践をもとに、地域再生の切り札を明かす。

 

 

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