*

西水美恵子著『国をつくるという仕事』が称賛する、ブータン国王のリーダーシップ

公開日: : オススメ書籍, 海外

ブータン訪問記の続き。

  1. ちょっとブータンまで行ってきた。
  2. ブータンではみんな王室と国王と王妃が大好き

 

ブータン国旗は世界有数の複雑なデザインをしている。とくにドゥクと呼ばれる「雷竜」の細かさと、その格好良さは際立っている。また背景の色は、黄色が王室を、そして橙色が国教となっているチベット仏教を表現している。

 

flag of bhutan

 

そんなブータン国王の執務室がこちらだ。はためく国旗の向こうにあるのがその建物だ。もちろん中に入ることはできないのだが、かなり近くまで行くことができる。旗のこちら側は官庁街で、日本でいうところの霞ヶ関だ。といっても人口70万人のブータンではその規模もとても小さく、建物もすべて平屋という造りとなっている。

 

IMG_0659_tn

 

ブータンの公務員は伝統的な正装で登庁することが義務付けられており、男性は「ゴ」、女性は「キラ」と呼ばれるこの服装をしている。この建物とこの風景に、もっといえばこの地が醸す空気に実に馴染んだ格好である。と同時に、日本の普段着でここにいる自分がなんだかとんでもなく浮いた存在に思えてくる。

 

IMG_0657_tn

 

ヒマラヤ山麓の高地とはいえブータンの首都ティンプーにもちょうど春が訪れたところだった。花は咲き、子供は外で遊び、周りを歩くのが楽しい時期に訪れることができたのは、実に幸運だったと言えるだろう。

 

IMG_0656_tn

 

そんなブータンの王室と国王の人となりについては、西水恵美子著『国をつくるという仕事』が大変参考になった。この地を訪れる前にブータン本をずいぶんと読んできたのだが、その中でもブータンの政治についてとても詳しく書かれた一冊だ。それもそのはず、著者はプリンストン大学経済学部助教授を経て世界銀行に飛び込み、2003年にを退職するまで南アジア地域の副総裁を務めた人物だ。

 

「国づくりは人づくり。その人づくりの要は、人間誰にでもあるリーダーシップ精神を引き出し、開花することに尽きると思う」と語る著者が、数多くの国家首脳と渡り合ってきた経験の中でも、「世界で一番学ぶことが大きかった国だ」と紹介するのがこのブータンだ。とくに、当時のブータン国王(現国王の父親)と、さらにその父親(雷龍王三世)の国づくり人づくりのリーダーシップを尊敬し、「世界中で最も会いたいリーダーは誰か」というよく聞かれる質問に、「躊躇せず雷竜王三世の名を挙げる」という。

 

また、三世の後を継いで政治改革を加速させた雷竜王四世に対しても惜しみなく敬意を表している。その最たるものが、四世の見事な引き際だろう。どんなに優れたリーダーであっても、優れているがゆえに長居をし過ぎ、その後の人材が育たないという懸念がある。しかしながら、周囲のそんな心配事とも無関係であり、鮮やか過ぎるほどに身を引いたのが、このジグメ・シンゲ・ワンチュク雷竜王四世だった。国王の退位年齢を65歳とすると自ら定めたのみならず、永遠に在位をと願う国民を叱り飛ばすかのように、周囲の予想を遥かに前倒して、2008年に51歳で実際に退位することとなった。その余りにも突然の譲位に、国民は茫然自失、全国に嘆きの声がこだましたという。しかしそれは、国は王室のものなどではないと国民の意識改革を促し、次の若い世代に未来を託すための、雷竜王四世にとって一番大事な仕事だったのだ。

 

国はその大きさで尊敬されるわけではない。その経済成長ぶりで称賛されるわけでもない。インドと中国という超大国に挟まれた極小の山岳国土しかないブータンが、今も最貧国の一つに数えられながらも世界の注目を集め続け、「学ぶことが多い」と言わしめるのは、代々の国王の哲学とリーダーシップゆえなのだと納得する一冊。著者の地に足の着いた経験をもとに南アジアの国々の政治史を学べる本書は、ブータンという国に興味がある人はもちろん、途上国の経済開発というテーマ、そして世界銀行の仕事に関心がある人にとっても、大いに目を開かせてくれる内容だと思う。

 

 

Amazon Campaign

follow us in feedly

関連記事

金儲けして悪いですか?村上ファンドを率いた生涯投資家からの痛烈なメッセージ

ホリエモンと言えば堀江貴文、その堀江と言えば? という質問の答えでおおよその世代が分かるのではないだ

記事を読む

打倒青山学院|来年の箱根駅伝をもっと面白くするこの5冊

青山学院の5連覇がかかる来年の箱根駅伝、僕もまた正月の2日間テレビの前に釘づけとなってしまうことだろ

記事を読む

今からでも遅くない「行動経済学がわかるフェア」

「今年のノーベル経済学賞は『行動経済学』のリチャード・セイラーに」でも書いたように、2017年の受賞

記事を読む

スノーピーク初のグランピング施設が三浦半島にオープン

いよいよ夏が近づき、今年はまたキャンプにでも行こうかという話があちこちで聞こえそうなこの時期を狙って

記事を読む

travel suitcase

留学前に読んでおきたいこの6冊

先日書いた「留学前に。」の続き。留学前にできることは色々とあるだろうが、留学に対するイメージをよりク

記事を読む

夏休みに素敵な1冊を探そう|知的好奇心旺盛な10代のための読書地図

いまどき新聞なんてほとんど読まない、そんな人が増えてきた現代である。しかしながら、書評欄を楽しみに週

記事を読む

Amazonソムリエが教える美味しいワインのえらび方

いま、Amazonがもっとも力を入れているもの、それは電子書籍、ではないですよね。Kindleはもう

記事を読む

東京五輪と同時開催していた「数学オリンピック」でも日本代表がゴールドメダル|この漫画がスゴい

東京オリンピックが閉会した。日本代表選手が獲得したメダルの数や色に一喜一憂するのは当然かも知れないが

記事を読む

新中学生・高校生から新社会人にまでおすすめする国語辞典4選|辞書それぞれの個性を理解して選ぼう

中学生・高校生から新社会人まで必須アイテムとしての国語辞典 春から新たに中学校・高校・大学に入学す

記事を読む

【おすすめ経営書】ゼロ・トゥ・ワン:君はゼロから何を生み出せるか

話題の経営書『ゼロ・トゥ・ワン:君はゼロから何を生み出せるか』を、とても興味深く読んだ。著者はピータ

記事を読む

Amazon Campaign

Amazon Campaign

卒業・入学おめでとうキャンペーン|80年記念の新明解国語辞典で大人の仲間入り

今年もまた合格・卒業、そして進級・進学の季節がやってきた。そう、春は

食の街・新潟県南魚沼|日本一のコシヒカリで作る本気丼いよいよ最終週

さて、昨年10月から始まった2022年「南魚沼、本気丼」キャンペーン

震災で全村避難した山古志村|古志の火まつりファイナルを迎える

新潟県の山古志村という名前を聞いたことのある人の多くは、2004年1

将棋タイトル棋王戦第3局|新潟で歴史に残る名局をライブ観戦してきた

最年少記録を次々と塗り替える規格外のプロ棋士・藤井聡太の活躍ぶりは、

地元密着の優等生|アルビレックス新潟が生まれたサッカーの街とファンの熱狂

J2からJ1に昇格・復帰したアルビレックス新潟が今季絶好調だ。まだ4

【速報】ついに決定|14年ぶりの日本人宇宙飛行士は男女2名

先日のエントリ「選ばれるのは誰だ?夢とロマンの宇宙飛行士誕生の物語」

3年ぶりの開催|シン魚沼国際雪合戦大会で熱くなれ

先週末は、コロナで過去2年間見送られてきた、あの魚沼国際雪合戦大会が

国語の入試問題なぜ原作者は設問に答えられないのか?

僕はもうはるか昔から苦手だったのだ。国語の試験やら入試やらで聞かれる

PAGE TOP ↑