イスラムとアラブを知るための入門書
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最終更新日:2018/09/19
オススメ書籍
今年に入ってから、「イスラム国」に関する書籍が相次いだ。世界の脅威となっているこの存在を謎や不明のままとせず、可能な限りその実態を理解しようとする際にもっとも参考になるのが、先日出版されたばかりの池内恵『イスラーム国の衝撃』だろう。以下のプロフィールが示すように、著者は若きイスラム研究者で、これまでにも『現代アラブの社会思想 終末論とイスラーム主義』という新書や、『アラブ政治の今を読む』といった専門書も出版しており、いま一番注目を集める研究者と言えるのではないだろうか。
1973年東京生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授(イスラム政治思想分野)。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興会アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。中東地域研究、イスラーム政治思想を専門とする。
本書のあとがきに著者はこう記す。「イスラーム国」の台頭によって、長年取り組んできた二つの研究分野(イスラーム政治思想史と、中東比較政治学・国際関係論)が、融合していく様を目撃し、そしてこの「イスラーム国」の成立および発展を歴史的かつ構造的に解明するという極めて重要な研究課題を得た。その研究成果については近いうちに専門書が出版されるということだが、それに先駆けて、日本人の誘拐事件によって日本国内におけるこの問題への関心が高まった今、一般読者に向けて分かり易い解説書を書くことが有益だと考え、異例の短期的スケジュールで書き上げて出版されたものが、この『イスラーム国の衝撃』なのである。
本書を読めば、謎の「国家」とされてきたこの「イスラーム国」の概要として、誰がどう統治しているのか、その領土や資金源についての知識が得られるだけでなく、アル=カイーダとの相違や「アラブの春」との関連、そしてSNSを利用した志願兵リクルーティングや各種メディア戦略まで、この「国家」の新規性や特殊性に対してもぐっと理解が深まる内容となっている。現在出版されているものの中でも、このトピックに関しては最適の著者が書いた、ベストの一冊だと言えるのではないだろうか。
もう何冊か比較のために読んでみたのだが、そのうちの一冊が国枝昌樹『イスラム国の正体』だ。エジプトやイラクの日本国大使館に勤め、長年アラブ世界に住んでいた著者だからこそ、その個人的な体験をもとにして書かれたエピソードや意見も開陳され、研究者による著書とはまた別の視点から学ぶことが多い。
1946年神奈川県生まれ。一橋大学卒業後、外務省入省。1978年在エジプト日本国大使館一等書記官、1989年在イラク日本国大使館参事官、1991年ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部公使。2006年在シリア特命全権大使に就任、2010年退官
ちなみに僕自身は、個人的にイスラム教やアラブ世界に対し大きな関心を持っているのだが、それは今回の「イスラム国」や日本人人質事件とは直接の関係はない。そうではなく、「あらためて国際大学(IUJ)の紹介:留学生の出身国」にも書いたように、本学の留学生のうち相当数がイスラム教徒であるために、この宗教や関連する現代史について、もっと知っておきたいと考えているためなのである。

credit: FirasMT via FindCC
これまでにも関連書を何冊も読んできたが、以下の書籍は今回の「イスラム国」以前に出版されたものとして、僕自身がイスラムやアラブについてより広範な理解を得る格好の入門書となったものである。「イスラム国」がその他多くのイスラムとは全くの別物であるときちんと理解するためにも、こうした書籍も合わせてこの機会に読まれることを願っている。
まず一冊目は小杉泰『イスラームとは何か〜その宗教・社会・文化』。日本人にとっては地理的にも非常に遠いイスラームの国々と人びと。それがこの宗教や国家、そして社会や文化に対する理解を妨げていた大きな要因であるのは間違いない。僕にとってもこれまでは、それはとても遠い存在だった。それが、国際大学で多くの留学生に接し、少しずつ理解を深めていったのが現状だ。本書はイスラームの背景を知るための最初の一冊としてぜひおすすめしたい。
続いては内藤正典『イスラムの怒り』も大変に興味深く読めるものとしておすすめしたい。本書もまたイスラム研究者によって書かれた著作だが、より身近な題材からイスラムに内在する行動原理を解説したユニークな視点でまとめられている。ここでいう「怒り」とは、原理主義者によるテロを指しているわけではなく、2006年のサッカーワールドカップ決勝で、相手選手を頭突して退場処分となったジダンの「怒り」から話は始まる。なぜ温厚な彼がこのときばかりは相手を許せなかったのか?そんな問いからイスラムの本質を描いた本書からは、従来のイスラム論にはない新しい視野を得ることができる。
三冊目には、ユージン・ローガン『アラブ500年史: オスマン帝国支配から「アラブ革命」まで』を挙げたい。上下巻の分厚い著作だが、それこそアラブの近現代史を俯瞰するためには最適な一冊となっている。オスマン帝国の関連書は多々あれど、そこから近年の「アラブ革命」までを描いたものは、2013年に翻訳された本書以外には(少なくとも日本語書籍では)存在しないのではないだろうか。中学や高校の世界史では残念ながら中東史に多くの時間をかけることはない。だからこそ、中東地域が様々な観点で注目されている現在、より長い視点から歴史を眺め、そして未来を思考するためにも、こうした歴史書の役割は大きいと思う。
最後におまけで、といったらものすごく失礼な言い方になるけど(苦笑)、高野秀行『イスラム飲酒紀行』も強く推薦したい一冊なのである。「高野秀行はセンス抜群の海外放浪ノンフィクション作家」と紹介したように、氏の著作はいずれも傑作で、クセになる面白さが詰まっている。そんな彼の一連の著作の中でも秀逸だったのが、この本書なのである。宗教上飲酒が禁止されているはずのイスラム教国家をいくつも訪れ、「地元民の地元民による地元民のための地酒を飲む」っていう体当たりのルポルタージュなのだ(笑)。もちろん酒はすべて密造されたものであり、ときに危うい思いをしてキーマンに接触し、隠れ家へ案内してもらい、そしてしこたま酔っ払うというのは、高野のしかできない芸当だよなあ。ゲラゲラ笑いながらも、実はイスラムの今まで知らなかった一面を見ることが出来るという点で、ぜひときどきは笑いをこらえて真面目な顔で読んで欲しい一冊でもあるのだ。
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