[TEDトーク]教科書になるプレゼン|吃音のミュージシャンが語る私の言葉
NHK Eテレで放送されている「スーパープレゼンテーション」をご覧になっている人も多いことだろう。その中で、先々週の放送は久しぶりに強烈な印象を残す内容だった。プレゼンターはミュージシャンのミーガン・ワシントン。タイトルは “Why I live in mortal dread of public speaking” 「人前で話すのが怖い理由」だ。ミュージシャンとして人前で歌うことが仕事の彼女が、人前で話すことをこれほどまでに恐れる理由は、彼女が話し始めてすぐに明らかにされる。彼女は吃音なのである。
放送のゲストに迎えた山中伸弥教授が「教科書になるプレゼン」三つの理由を解説しているが、上で彼女のトークをそっと聞いてみるだけでも、彼女の話にぐっと惹き込まれるのが実感できることだろう。吃音は言語障害の一つとして考えられており、その治療法も様々だ。トークの中で彼女が言及したのはスムーズ・スピーチと呼ばれる手法で、話す言葉を全て歌うように繋げて音に出す、というもの。ただ、そうやって声に出したものは私のものじゃない、という気持ちがずっと奥底にあり、だから彼女もこの手法は仕事で本当に必要なときにしか使わないという。
だから、彼女はいつも問題を抱えていた。バーで歌う仕事をしていたとき、メンバーの紹介をしたいのに、とくにSとTの発音に苦しむ彼女は “Steve” という名前のメンバーをいつも上手く紹介することができない。そのせいでその場の空気がしらけてしまうことも度々だったという。でも、それを見て Steve が Seve というニックネームに替えてくれたから、そんな困難も乗り切れたという。そういう一つ一つのエピソードに、僕はもう涙が溢れ出そうになってしまったのである。

ところで、吃音というのはとても身近にあることだ。僕自身、小さい頃に人前で話すことが出来ないとき、僕もそうかも知れないと考えた。吃音なのかアガリ症なのかという判別も難しい。そういうこともあって、吃音をテーマにしたフィクションやノンフィクションにはいくばくかの関心を持ってきた。そんな中にあって重松清の『きよしこ』は傑作中の傑作と言えるだろう。重松自身が吃音であったと振り返っているように、彼の少年時代が色濃く反映されたと思われる物語だ。
ミーガン・ワシントンがSとTの発音を苦手にしていたのと全く同じように、重松少年が苦戦したのが「か行」の発音だった。だから、なるべく話の冒頭が「か行」で始まらないように苦心する様子はワシントンと全く同じ努力であり、しかしながら相手の名前だけはどうにも変えようがないというのもまた同じ壁として立ちはだかったのである。家族の物語を得意とする重松だが、本作は少年一人に強いフォーカスを当てており、それだけ思い入れのある自叙伝に近いフィクションなのではないかと思える。吃音に関心がある人にとってはとくに、ぜひとも読んで欲しい一冊だ。
もう一つは、やはり重松清の作品なのだが、この『青い鳥』は生徒ではなく先生が吃音という設定が新しい。国語の村内先生はうまく話すことができない、だから本当に大事なことだけを頑張って話すようにしている。大事なことは確かにほっておいても伝わるかも知れない。でもきちんと伝えようとする努力もまた大事なんだというメッセージが込められている。それぞれに心の問題を抱える生徒たちに接する村内先生は、言葉は少ないけれども、ずっと広く深い気持ちで大事なことを教えてくれる。同じ吃音をテーマにしながらも、『きよしこ』では生徒側の、そして『青い鳥』では先生側の視点から描いたものとして、重松自身の並々ならぬ関心がうかがえる。これもまた、名作なんです。
もう一つ関連して紹介したいのが、吃音をテーマにした漫画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』だ。この本を知ってそしてすぐに読んで僕はものすごく驚いた。第一に吃音をテーマにしようという漫画があったということについて。そして第二に、その作家があの『惡の華』や『ぼくは麻理のなか』で知られる鬼才・押見修造だったということに。
あとがきで述懐しているように、押見修造もまた吃音だったのだという。そんな彼の実体験が土台にあるのだろう、自分の名前すらうまく言えず、クラスでからかわれ孤立していく。せっかくできた友人にも、気持ちはちゃんとあるのにそれが言葉として体の外に出てこない。そんなもどかしさと格闘する主人公の姿は、重松の小説とはまた違ったイメージを残す。こういうテーマで漫画を製作する日本の漫画界の懐の深さと、そんな新しい作品に挑戦した押見修造に改めて敬意を表したい。絶対に読んで欲しい漫画。
最後にもう一つ。これはもう多くの人が既にご覧になっているかも知れないが、吃音に悩んだままイギリス国王に即位したジョージ6世の物語『英国王のスピーチ』だ。その彼が国民に向けてどうスピーチをするのかを描いた本作は、見事なヒューマンドラマとなっている。まだならぜひこちらも合わせてご覧頂きたい。吃音をテーマにした作品というのは上記でも見てきたように決して多くはない。だが、作り手の強烈な思いが込められていることもあって、いずれも歴史に残る作品に仕上がっていると言えるのではないだろうか。そしてまた、最初のトピックに戻るが、今回のTEDトークで話したミーガン・ワシントンは、吃音を持ちながら歌手になり、そしてその事実をTEDで話したという点で、だからこそ強烈なノンフィクションとして僕の印象に残ったのである。
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