捏造と背信の科学者:繰り返される不正と、研究者の責任ある行動
STAP細胞の件で改めて考えさせられたのは、なぜこの一件だけではなく、研究不正・論文捏造がこれほどまでに相次ぐのか、ということであろう。それは国を問わず分野を問わず、その裾野は広く深く、そして暗い。「論文捏造はなぜ繰り返されるのか?科学者の楽園と、背信の科学者たち」にも書いたように、過去にも多くの研究者がその闇に踏み込み、告発され、そして去っていった。
そんな中、先日出版されたばかりの『捏造の科学者 STAP細胞事件』は、この件を追い続けた毎日新聞記者が書いたものとして、また理研の結論が出され、そして小保方晴子氏がその理研を去った今、一つの区切りとして読んでおきたい一冊である。
一方で、それでは一体、今後このような事件が起こらないために何が出来るのかという問いに対しては、いまだ有効な対策が打ち出せていない。研究チーム内での監督や、論文査読者のチェック体制、そしてジャーナルの出版責任等の構造的な問題は、結局のところ、2000年に宮城・上高森遺跡で起きた旧石器発掘の捏造、2002年に米国ベル研究所で発覚した史上空前の論文捏造、そして2005年の韓国ヒトES細胞捏造事件といった、過去の多くの不正と捏造と同じままに残されている。
その意味でも、STAP事件を一事件として捉えるのではなく、これまで起こった(そしてこれからも起こりうるであろう)多くの事件の一つとして再考するためには、いまいちど、これまでの様々な出来事を俯瞰しておく必要があるだろう。「論文捏造はなぜ繰り返されるのか?」でも紹介した以下の2冊は、そんな過去の経緯をまとめており、ケーススタディとして極めて参考になる内容となっている。

photo credit: Florence Ivy via photopin cc
最後に、それでは未来に向けて何が出来るのかという点について。すぐに効くような処方箋は確かにないかも知れないが、少しでも前進するための一歩として、僕は以下の『科学者をめざす君たちへ ー研究者の責任ある行動とは』をおすすめしたい。これは、米国科学アカデミー(National Academy of Sciences)が出版した “On Being a Scientist: A Guide to Responsible Conduct in Research” の邦訳である。一読して分かるように、基本的には自然科学のラボ実験を想定したものであるが、ここで議論されていることは、他の自然科学分野や、さらには社会科学分野にとっても耳を傾ける価値のあるものばかりだと思う。
とくに、具体的なケースの数々を提示し、これが不正にあたるかどうかを研究チーム内で議論する場面は非常に生々しく、「え、これも不正にあたるの?」という読者がいてもおかしくない。それくらい各人の線引はあいまいであり、だからこそ、この一線を踏み越えてはならないのだというのは、個人の間で、組織の中で、そしてもっと言えば分野を超えて、研究するという行動に伴う研究者の責任として、共有認識されるべきものなのである。
書名『科学者をめざす君たちへ』が示唆するように、若き研究者に向けて書かれたものではあるが、そういう研究者を育てる責任がある先輩やラボ運営者にとっても、大いに参考になる一冊としておすすめしたい。
Amazon Campaign
関連記事
-
-
この漫画がすごい『数学ゴールデン』が描く数学オリンピックの世界
Amazon では Kindle 電子書籍の大規模セールをしばしば開催しているが、こうしたキャンペー
-
-
戦略アナリストが支える全日本女子バレー|世界と互角に戦うデータ分析術
女子バレーボールのワールドカップもいよいよ終盤戦。リオデジャネイロ五輪への出場権をかけて瀬戸際のニッ
-
-
今年のM-1優勝はミルクボーイ|松本人志はじめ審査員の採点と評価コメントにこそ大注目
2019年、令和最初のお笑い王座を決める M-1グランプリは、決勝初出場にして史上最高点を叩き出した
-
-
科学と度量衡の歴史|キログラムの定義が130年ぶりに変更
さて、先日のニュースでも大きく報道された通り、来年から「キログラム」の定義が変更されることとなった。
-
-
この国語辞典がおもしろい|比べて愉しい辞書のディープな読み方・遊び方
これはこれは大変に興味深い本が出版されていましたね。その名も『比べて愉しい 国語辞書ディープな読み方
-
-
アイデアと問題解決につづく第3弾『独学大全』ついに登場|一家に一冊、学びの百科事典として
さてさて、あの『独学大全』もう読みましたか? 人生100年時代、つねに学び続けアップデートし続けねば
-
-
ハートマウンテン日系人強制収容所の、貴重なプライベート写真集
7月に出版されたエッセイ写真集『コダクロームフィルムで見る ハートマウンテン日系人強制収容所』を読ん
-
-
100年目の国勢調査|本日の締切おわすれなく
現在実施中の国勢調査は、5年に一度実施される最も重要な統計調査である。日本国内に住んでいるすべての人
-
-
東京五輪と同時開催していた「数学オリンピック」でも日本代表がゴールドメダル|この漫画がスゴい
東京オリンピックが閉会した。日本代表選手が獲得したメダルの数や色に一喜一憂するのは当然かも知れないが
-
-
2022年将棋賞金ランキング発表|藤井聡太5冠が1億円超で堂々の首位
将棋連盟から2022年の獲得賞金・対局料ベスト10が発表されましたね。毎年この時期の恒例であり、名




