アメリカ地方自治体の分断:富裕層による独立運動
先日のNHKクローズアップ現代を興味深く視た。「“独立”する富裕層 ~アメリカ 深まる社会の分断~」と題された特集では、現在アメリカの地方自治体で起こりつつある、富裕層による「独立運動」が取り上げられていた。
アメリカの自治体で今、異変が起きている。「州」の下の行政区分である「郡」から“独立”するCITY=「市」が相次いでいるのだ。独立運動の中心は高級住宅地に住む富裕層。その動機は「所得の再分配」に対する不満と「効率の悪い政府」への反発だ。彼らは、自分たちで「市」の境界線を決め、州議会を動かし、住民投票を実施。法にのっとり独立を成し遂げている。誕生した「市」では、ほとんどの業務を民間企業に委託。運営コストを半分以下に抑え、減税に向けて動き出している。
photo credit: Mr. Greenjeans via photopincc
この番組を視て思い出したのが、以前にとても興味深く読んだ、現代アメリカ社会のルポルタージュ『アメリカン・コミュニティ』という一冊。アメリカにおける極端なまでの社会を描写したものだが、その中でも個人的に最も印象に残ったのがゲーテッド・コミュニティだった。富裕層がよそ者の立ち入りを禁じるために、高級住宅街の周辺を門と壁で多い、出入口にはガードマンを置いて厳しくセキュリティをチェックするこの仕組みは、アメリカ社会における富裕層と貧困層の断絶の象徴でもあったように思う。
そのゲーテッド・コミュニティのコンセプトを更に一層おしすすめた結果が、今回のNHKクローズアップ現代が焦点を当てた「富裕層の独立運動」なのであろう。番組の中でも述べられているように、富裕層の不満は居住環境や治安といったことだけでなく、より根本的には税金の使われ方に対してなのである。だからこそ、ゲーテッド・コミュニティのような隔絶居住地区だけでは満足せず、自治体ごとまとめて独立させてしまおうという考えに至っているのだ。そして実際にこのようなプロセスで独立した自治体では、公共サービスの多くを民間ビジネスに委託することで、スピーディかつ低コストの行政サービスを提供できており、住民満足度も高まっているという。
photo credit: DG Jones via photopin cc
自治体独立に伴って、富裕層の高級住宅を囲っていた塀の一部は撤去されたかも知れない。しかしながら、今度は自治体の境界線というより明確な線引がなされてしまった。そういう壁を造り続ける心のゲートの高さを思わずにはいられない。
ちなみに、番組に解説者として登場したのは堤未果。ベストセラーとなった「貧困大国アメリカ」シリーズの著者だ。「超格差と越格差」でも書いたように、アメリカ現代社会のさらに深まる分断を描いたノンフィクションだ。日本でもその後「貧困」「プア」「難民」といった言葉が使われ出したように、アメリカの今を対岸のこととは言っていられない現状がここにある。だからこそ、これから先、日本でもゲーテッド・コミュニティのさらなる展開や、それこそアメリカのような自治体独立の動きが起こる可能性がないとは言い切れないのではないだろうか。
Amazon Campaign
関連記事
-
華麗な王者モハメド・アリと、そのアリになれなかった男|沢木耕太郎の名著『敗れざる者たち』と『一瞬の夏』を再読する
2016年6月4日、プロボクシングの元世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリが74歳の人生に幕を閉
-
藤井聡太七段が先勝|現役最強棋士・渡辺棋聖とのタイトル戦
さあ、いよいよ「将棋史に残る決戦」が始まりましたね。そう、弱冠17歳の若き天才棋士・藤井聡太七段。す
-
経済学Ph.D.のアカデミック・ジョブマーケット|AEA年次総会がシカゴで閉幕
1月の最初の週末、日本ではまだお正月気分が残っている頃に開催されるのが The American E
-
ニューヨーク・タイムズが選ぶ、今年絶対に行きたい世界52ヶ所:2015年版
昨年「ニューヨーク・タイムズが選ぶ、今年絶対に行きたい世界52ヶ所」で書いたように、同紙では毎年1月
-
Amazon Student 会員数、第1位早稲田・第2位東大に続き、第3位に放送大学がランクイン
Amazon Student の春の新学期キャンペーンで、面白いランキングが掲載されていた。Amaz
-
三省堂『辞書を編む人』が、今年の新語を募集中
時を経て社会は変容し、そして言葉も変遷する。いつの時代もワカモノの言葉づかいに口喧しい人はいるが、し
-
なぜ日本の新幹線は世界最高なのか?定刻発車と参勤交代
"Why Japan's high-speed trains are so good" というEco
-
2022年将棋賞金ランキング発表|藤井聡太5冠が1億円超で堂々の首位
将棋連盟から2022年の獲得賞金・対局料ベスト10が発表されましたね。毎年この時期の恒例であり、名
-
将棋タイトル王位戦第2局|藤井聡太七段が木村一基王位に大逆転勝ち
いやあ、昨日の王位戦、ライブ中継で観た方は、これはもうとんでもないもの見てしまった、という感じではな
-
ニューヨーク・タイムズが選ぶ、今年絶対に行きたい世界52ヶ所:2016年版
さて今年もこのシーズンがやってきましたね。ニューヨーク・タイムズ紙が発表する「今年絶対に行きたい世界
Amazon Campaign
- PREV
- 明鏡国語辞典の最大の特徴は「問題な日本語」に対する答え
- NEXT
- 南魚沼の春:桜と山菜ところどころ雪