リチャード・マシスン『縮みゆく男』と、名医ブラックジャックにも治せない病
公開日:
:
最終更新日:2018/09/19
オススメ書籍
普段は僕自身読むことも少なく、おすすめする機会もほとんどないフィクションの分野。だけどこれだけは紹介したいという一冊が、このリチャード・マシスンの『縮みゆく男』である。1957年に執筆されたこの作品がKindle電子書籍で待望の復刊というのだから、この機会を見逃すわけにはいかないだろう。
スコット・ケアリーは、放射能汚染と殺虫剤の相互作用で、一日に7分の1インチずつ身長が縮んでゆく奇病に冒されてしまう。世間からの好奇の目、家庭の不和。昆虫なみの大きさになってなお、孤独と絶望のなか苦難に立ち向かう男に訪れる運命とは?2013年6月に逝去した巨匠マシスンの代表作を、完全新訳で25年ぶりに復刊。
表紙に描かれていることからも分かるように、奇病によって身長が縮んでいく主人公の前に立ちはだかるのがクモ。 普通の人間サイズならなんてことはないこのクモが、今の主人公にとっては生死を分かつほどに強大な難敵となって行く手を阻む。どう闘うべきか、そして生きる希望はあるのか、そういう絶対的困難を前にした人間の苦悩と運命を描いた物語が、この『縮みゆく男』なのである。
普通に読んでも面白い本書に対し、僕がさらなる関心を持ったのは2つの理由からである。一つは、身長が縮んでいくというこの奇病が、手塚治虫の漫画ブラックジャックに出てくるエピソード「ちぢむ!」のモデルになっていると言われているからだ。この回のブラック・ジャックは、身長が日に日に縮んでいく患者を前に為す術がない。万能の天才外科医である彼にしても治せなかった病気というのは、全作を通じても極わずかしか存在しない。その貴重なエピソードがこの「ちぢむ!」であり、そして亡くなった患者を前に、天に向かって「医者は何のためにあるんだ」と叫ぶラストシーンは、この名作ブラック・ジャックの中でも最も印象に残るベストシーンとして歴史を刻んでいる。
「人生で大切なことはブラック・ジャックに学んだ」でも書いたように、ブラック・ジャックには人生を考えさせるような実に含蓄に富んだシーンや台詞が多い。そんな魅力もぜひ合わせて、Kindle手塚治虫コミック配信シリーズで堪能して頂きたい。
さて、僕が本書『縮みゆく男』にこだわるもう一つの理由は、今回の復刊の解説を町山智浩が書いているからである。そう、あの、「町山智浩のハズレのない現代米国社会批評シリーズ」で紹介した、あの町山だよ。本職は映画評論家である町山智浩が、本作そして当時のアメリカ社会をどのように解説するのか知りたいというのが、本書を購入したもう一つの大きなモチベーションであった。「青木薫の「訳者あとがき」は、いつも読み応えがある」で書いたように、山形浩生や青木薫は、その訳者あとがきを読みたいというファンが多数存在する稀有な翻訳家である。今回の町山の解説は、僕にとってはそれらと同じように、解説者のネームで読んでみたくなるものだったのである。
というわけで、古典的傑作サイエンス・フィクションとなっている本書『縮みゆく男』をぜひとも楽しんで頂きたい。ブラック・ジャックと重ね合わせながらだと、さらに読み応えのあるストーリーだと感じられることだろう。
Amazon Campaign

関連記事
-
-
プロフェッショナルのコンテナ物語
昨晩ひさしぶりにNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀 』を見た。「港のエース、ガンマンの絆」と題
-
-
日本人の氏名はなぜこんなにも多種多様にして複雑怪奇なのか?
日本人はなぜにこんなにも自分の名前や家族のルーツに興味津々なのだろうか? NHKの番組だけ取り上げて
-
-
中学生プロ棋士・藤井聡太四段の新たな歴史的偉業
快進撃を続けていた若干14歳のプロ棋士・藤井聡太四段が、ついに、なんと、歴代連勝記録の単独トップとい
-
-
ブラックホールを初めて写真撮影|いまこそ宇宙論がおもしろい
さて先日は、人類史上初めてブラックホールの撮影に成功したという記者会見が世界中で話題となった。「ブラ
-
-
Kindle電子書籍で手に汗握って読む、箱根駅伝をより面白くするこの3冊
いまや国民的イベントにまで人気が拡大した、正月の風物詩・箱根駅伝。僕も含めて毎年楽しみにしている人は
-
-
Amazonソムリエが教える美味しいワインのえらび方
いま、Amazonがもっとも力を入れているもの、それは電子書籍、ではないですよね。Kindleはもう
-
-
東大医学部合格者の6割が通う進学塾|受験エリートと塾歴社会
先日、雑誌AERAの特集を読んだ。「東大理III合格者の6割が所属 受験エリートの“秘密結社”」とい
-
-
あの藤井聡太が5回負けた|プロ棋士最終関門・奨励会地獄の三段リーグ
今回のスポーツ総合誌Number、将棋特集第2弾はこれまた読み応えのある記事が多数揃っており、非常に
-
-
サッカー日本代表W杯開幕戦:日本のサッカーを強くする25の視点
あと数時間で、日本対コートジボワール戦のキックオフ。おそらく今回も相当大勢の日本人が、このときばかり
-
-
人間はアンドロイドになれるか|ロボット工学者・石黒浩の最後の講義
大学教授が定年退官の前に行う授業、それがこれまでの「最後の講義」だった。しかしそれを文字通り、自分が