グランドスラム初優勝を目指す錦織圭の全仏オープンテニスを、SlamTracker でデータ分析しながら応援しよう
グランドスラムでのベスト8進出が、もはや驚きではないということ自体に驚かされる錦織圭のテニス。現コーチのマイケル・チャンがグランドスラム初優勝したのが、1989年のこの全仏オープンだった。師匠に続いて錦織自身にとっても、今回の全仏は大きなチャンスであろう。その意味でも今後の試合からますます目が離せない。
(Photo by fdevillamil)
さて、そんな錦織の全仏オープンをテレビ観戦している人は多いだろう。しかし、どれくらいの人がデータとともに観戦しているだろうか?ところでまず最初に、データと相性がいいスポーツとして真っ先に挙げられるのが野球だろう。『マネー・ボール』が大リーグの経営や選手評価システムを大きく変えたように、今やデータ無しに野球を語ることは難しい。
一方でデータと相性の悪いスポーツの代表がサッカーだった。「だった」と過去形で書くのは、むしろ今もっともデータ分析と活用が進められているのがサッカーであり、その威力を証明したのが、「ワールドカップの閉幕、そしてデータドリブン・サッカーの開幕」でも書いたように、昨年のワールドカップで圧倒的な強さで優勝したドイツなのである。
もちろん各国の代表チームだけでなく、クラブチームでも積極的なデータ利用が始まっており、その最先端を走るチームの一つが、英国プレミア・リーグのリバプールであることは、「英国プレミア・リーグと、リバプールのData-driven football」で紹介した通りだ。最近では関連書の出版も相次ぎ、いまやサッカー観戦にデータ分析の視点は必要不可欠となったと言えるだろう。具体的にはどんな分析をしているのかに興味がある人にとっては、『サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか』がとても面白く読める一冊なので、ぜひともオススメしたい。
さて、それでは一体テニスとデータの相性はどうなのだろうか?結論から言えば、ものすごく相性がいいと言える。なぜ野球にデータが合うのかと言えば、投手の一投がストライクかボールなのか、打者の一振りがライト前ヒットなのかショートゴロなのか空振りなのか等々、ひとつひとつのアクションを簡単にデータに落とし込めるからである。一方のサッカーは、横へのグラウンダーパスなのか、ドリブル突破なのか、ロングシュートなのかと、選手のアクションが非常に多岐にわたりかつ連続的で三次元的であることから、データに落としこむのが非常に難しいのである。これはラジオ放送を思い起こせば分かりやすいだろう。野球のラジオ放送は、中継を聞いていれば、どんな試合展開となっているのか大体予想がつくことだろう。しかし、サッカーのラジオ放送ではどう頑張っても、試合の流れをイメージすることは難しい。これもやはり、サッカー選手のアクションを言葉やデータという情報で伝えるのが困難だからに他ならない。
翻ってテニスはどうだろうか?すぐに分かるように、テニス選手のアクションはサーブ、フォアハンドリターン、バックボレー等々、非常に類型化しやすく、かつ一ポイント毎に分断されている。つまり、極めて野球的なのである。だからこそ、テニスにもデータ分析が驚くほどよくマッチするのである。というわけで、次の錦織の試合は、ぜひデータとともに観戦してみませんか?使うべきなのは、IBMが無料で提供している SlamTracker だけ。とても簡単に選手のプレーを可視化してくれる優れものなんです。
それではまずはこの SlamTracker を立ち上げて、先日の錦織とガバシビリの4回戦の結果を見てみよう。既に報道の通り、錦織のストレート勝ちとなった試合だ。ただ、試合中継をご覧になっていた方なら感じているであろうが、「ストレート勝ち」という言葉から連想されるほど「圧勝」だったわけではない。それをこれからデータで見てみよう。
以下の画面で見えるのが試合結果の統計数値。ファーストサーブの確率は、ガバシビリの59%に対し、錦織も66%と決して良くはない。また、ダブルフォールトの数も両者ともに5つとなっているし、アンフォースドエラーを見れば錦織のほうが数が多いのである。結果的に「ストレート勝ち」ではあったものの決して「楽勝」などではない。それでは錦織が何に優れていたかと言えば、ファーストサーブでのWINが82%あることと、レシーブでのWINが46%あることであり、この二つはガバシビリと大きな差がついたことが分かるだろう。
続いては、この統計数値をセット毎に見ることもできるのだ。錦織のファーストサーブの確率が第三セットに入って急に悪くなった、といったことが下の画面から見てとれる。
次に、各選手の運動距離を見てみよう。錦織が走った距離は1900メートルとガバシビリよりも5%以上多い。それはフットワークが良い錦織の特徴でもあるのだろうが、スタミナを考えると決してよいことばかりではない。それを示すのが1ポイント取るのに走った距離だ。錦織が10.16であるのに対し、ガバシビリは9.66となっており、錦織の方が効率が悪い。もちろんそれを跳ね返すくらいの体力があれば別だろうが、どちらかといえばスタミナ面が不安視される錦織にとっては、フットワークを活かしつつも、いかに省エネでポイントを獲得するか、それは5セットマッチを何度も戦わなくてはならない今回の全仏のようなグランドスラムでは、一層重要なことと言える。
これ以外にも個別のデータはいろいろ揃っているので、あとはご自身でチェックしてみてもらえればと思うが、最後に紹介しておきたいのが、このSlamTracker の目玉でもある、”Keys To The Match” の機能だ。これは、各試合においてそれぞれの選手が勝利するためには何が必要なのかを、過去の対戦成績等をもとにして導出したものである。例えば、錦織対ガバシビリでは次のような要因が提示されていた。具体的には、錦織がガバシビリに勝つためには、(1)相手のファーストサーブのうち34%以上でポイントを取ること、(2)リターンの際、3回以下の短いラリーのうち27%以上でポイントを取ること、そして(3)自分のファーストサーブのうち74%以上でポイントを取ること、の3つである。
これらの勝利要件がどのように導出されているのか詳しく知りたいところではあるが、そのアルゴリズムの詳細は明らかにされていない。それでも大変に面白い試みだと思うし、実際にその要件がどれくらい満たされているのかを、試合後に比較してみるのも興味深い。それが以下の画面だ。例えば、第一要因として挙げられた「相手のファーストサーブのうち34%以上でポイントを取ること」という項目については、第1セットこそわずかに目標値を下回ったものの、続く第2第3セットではともに目標をクリアしたばかりか、その実績値を徐々に高めていったことが分かる。その他上の画面からは第三要因の「自分のファーストサーブのうち74%以上でポイントを取ること」という目標については、3セット全てで達成したことも明示されている。
というように、テニスとデータは非常に相性がよく、眺めているだけでも大変興味深いのである。そして、このIBM の SlamTracker をより面白くしているのは、こうしたデータ収集と表示が、テニスの試合とリアルタイムで更新されていくことにある。錦織の次の試合はぜひとも、タブレットでこの SlamTracker を開きながら、生中継でテレビ観戦してみてはどうだろうか。試合の見方・楽しみ方が変わること間違いない。
ちなみに、こちらの書籍『スポーツを10倍楽しむ統計学』は、スポーツとデータに関する書籍を数多く執筆している鳥越規央による最新作。本書の第一章はテニスに充てられており、過去から現在までのテニスを男女別にデータで俯瞰しながら、番狂わせの起きにくいスポーツであることや、データで読みとく錦織の強さなどについて解説していて、実にタイムリーに読むことができた。
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