今からでも遅くない|しっかり学ぶ統計学おすすめ教科書と関連書15選
本記事の目次
今こそしっかり統計学を学ぼう
以前に「統計学が最強の学問である、という愛と幻想」で書いたように、ここ数年かつてないほど統計学に注目が集まり、ビッグ・データやデータ・サイエンティストといった言葉と絡めて、統計学に関連する書籍も数多く翻訳・執筆され、出版業界としては大いに盛り上がってきた。
(関連エントリ)
さて、そんな熱がちょっぴり冷めてきた今だからこそ、もう少し落ち着いて統計学に関心を持ってもらえればという気持ちで、僕は以下の関連書と教科書をおすすめしたい。
統計学の基本コンセプトを学ぶ読み物
まず最初に紹介したい “Naked Statistics” は、統計学の素晴らしい読み物。(著者と同じように)何らかの不幸な契機で数学ギライになってしまい、今も統計学に近づこうとしない人達に向けて “Statistics can be really interesting, and most of it isn’t that difficult.” という思いが込められている一冊。
「裸の統計学の登場だ!」でも紹介したように、統計学のコンセプトを、数式を使わずに “everyday life” を題材にして解説していくというところまでは、経済学・統計学の読み物ほとんど全てに当てはまるアプローチだろう。そんな中、本書は数多の類似啓蒙書より一歩も二歩も踏み込んだ内容に仕上がっており、それが顕著に現れるのが本書後半部分だ。
第11章は Regression Analysis, 第12章は Common Regression Mistakes, 第13章は Program Evaluation と、計量経済学の導入までをカバーしているのだ。統計学は面白く、そのうえ極めて有用。そう断言した上で、一方でその手法を誤って使うと大変なことになるし、実はそういうミスを犯しがちである、と著者は主張する。こうした姿勢はとても真摯なものであり、だからこそ信頼が置ける。
著者 Charles Wheelan の前著 “Naked Economics” も大変素晴らしい内容の経済学読み物だったのだが、その邦訳『裸の経済学』は現在絶版。この復刊とそして新刊『裸の統計学』を出版するなら、ぜひ今このタイミングで。
Naked Statistics: Stripping the Dread from the Data
と思っていたところ、ついに Naked Statistics に翻訳『統計学をまる裸にする』が、そして Naked Economics に復刊『経済学をまる裸にする』が登場した!これは日本語で読める統計学・経済学の本として、ぜひオススメしたい2冊である。
統計学をまる裸にする~データはもう怖くない
経済学をまる裸にする~本当はこんなに面白い
統計学をきちんと勉強するための教科書(和書)
教科書を用いてしっかり統計学を学ぼうというのなら、「経済学・統計学の定番教科書」でも紹介した『はじめての統計学』からスタートしてはどうだろうか。タイトルにある通り初学者に向けて大変丁寧に書かれた一冊。その上のレベルを勉強するのなら、『統計学(基礎統計学)』がおすすめ。
はじめての統計学
統計学入門(基礎統計学)
統計学をきちんと勉強するための教科書(洋書)
洋書の統計学テキストでいちおしなのが、2008年に惜しくも亡くなられた David Friedman の以下の2冊(”Statistics” および “Statistical Methods”)。「ときには真珠のように」で書いたように、統計学に対する著者の哲学や思いが詰まった、大変に味わいのある内容だ。
もう一つオススメの “Statistics for Business and Economics” は、広範囲のトピックをカバーしたスタンダードな教科書。僕が初めて担当した英語の統計学授業で用いたのもこのテキストだった。タイトルにある通りビジネスや経済の事例・例題が多く、とても使いやすかった一冊である。
Statistics
Statistical Models
Statistics for Business and Economics
ビッグ・データ時代のヒーローに学ぶ最先端の統計学と予測学
以上が真面目な基礎編で、ここから先はときにファニーな応用編。まずは近年大いに話題になっているビッグ・データ関連から。ビッグ・データと言えばデータ・サイエンティスト、データ・サイエンティストと言えばこの人、というくらい時の人となったネイト・シルバー。ただ米国大統領選挙を分析することが多かっただけに、日本ではそれほど話題にならなかったようだ。
(関連エントリ)
さて、米国大統領選挙の各州における結果をことごとく的中させ、選挙分析において圧倒的な名声を得た彼だが、それ以前にはメジャーリーグ選手のパフォーマンスを測定するシステムを開発して大手企業に売却する等、まるで映画『マネーボール』を地で行ったようなキャリアの持ち主だ。
そんな彼の初の著書がこちらの『シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」』だ。天気から景気そして選挙まで、予報・予想・予測といったものを統計学的な観点から分析してみせる。扱うトピックは多様だが、雑多な情報(ノイズ)の中からいかにして意味(シグナル)を読み取るか、という視点でまとめられている。選挙分析以外のシルバーの着目点が見える他、異なる分野の専門家に話を聞くなど様々なアプローチを探索しているのが興味深い。
シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」
異才と異端の統計学の歴史
数学でも物理学でもその歴史を作り上げてきたのは天才と異才たち。そしてそれは統計学の世界でも全く変わらない。そんな彼らのパーソナルなエピソードというのはまた、授業で欠かせない「極上の小ネタ」「至高のトリビア」でもある。
『統計学を拓いた異才たち』では、歴代の統計学者の業績とともに、その横顔が描写される。例えばベイズの定理で知られるベイズ氏は実は牧師で、神をも恐れずに事前・事後確率に取り組んだことだったり、t検定のゴセット氏がギネスビール醸造会社の技術者で、匿名スチューデントとしてこっそり論文投稿していたことだとか。そんな諸々の小話のおかげで、僕が初めて担当した英語の統計学授業も何とか乗り切れたという意味でも、感謝の一冊。
『異端の統計学ベイズ』は、昨秋に翻訳が出版されたものだが、すでに原書で読んでいた僕としては、ちょっとマニアックなこの本がまさか翻訳されるとは思わなかった。統計学の中でもベイズ統計学に焦点を当て、なぜベイズアプローチが異端視され邪道扱いされたのか、その不遇の歴史が描かれている。しかし上記の『シグナル&ノイズ』でも大きく取り上げられているように、現代テクノロジーにベイズの考え方は欠かせない。その意味でも今こそ読まれるべき一冊と言えるだろう。
統計学を拓いた異才たち
異端の統計学 ベイズ
ベイズ統計学の勝利とチューリングの不遇
そんな冷遇続きだったベイズ統計学にもついに脚光を浴びるときがきた。それが、第二次世界大戦においてドイツ軍の暗号を解読し、連合軍の形勢逆転につなげたという事実。上記の『異端の統計学ベイズ』の中でもページを割いて詳しく紹介されている、いわばベイズと言えばこの事例というほどに有名なエピソード。
が、このエピソードを最もエキサイティングかつスリリングに描いたのは、何と言ってもサイモン・シンの『暗号解読』だ。その著書『フェルマーの最終定理』で一躍サイエンス・ライターの第一人者となった若きシンが続けて放ったこの『暗号解読』もまた、彼の代表作であり傑作である。
巻末にはサイモン・シンから読者への挑戦状として暗号が掲載されている。当時最先端だった暗号技術を用いて作成し、当分の間は解読不可能だろうと自信満々だったシンだが、結果的には2年ほどで専門家チームに全問突破されてしまい、約束通りの賞金を支払ったというのも印象深いエピソードだ。翻訳はいつも通りの青木薫。そう、「青木薫の『訳者あとがき』は、いつも読み応えがある」の青木さんね。
もう一冊は統計学者ではないが、ドイツ軍の暗号を解読する際に中心的役割を果たしたアラン・チューリングの伝記。連合軍を勝利に導いたことで一端は英雄視されたチューリングとベイズ統計学だったが、軍の機密情報を知りすぎたことから戦後は次第に疎まれた存在となっていく。それに加え、チューリングが同性愛者だったことがさらなる偏見と悲劇を招いていく。
暗号解読
チューリング
現代のコンピュータの基本モデルとなった「チューリング・マシン」を考案したイギリスの数学者アラン・チューリング(1912‐1954)。本書は、2012年に生誕100年を迎え、その生涯や業績への再評価が世界的に高まっている中、チューリング研究の第一人者であるコープランド教授が一般向けに書き下ろした話題の書である。チューリングの生涯は、対ナチ戦争を勝利に導いた暗号解読、ゲイとしての私生活、自殺説・他殺説・事故説が入り乱れるその死まで、多くの逸話にあふれ、小説や映画の素材にもなっている。チューリング理論の平易な解説を交えながら、ミステリーのように歴史の謎を解いていく、チューリング伝の決定版。
身近な事例で楽しむ確率・統計学と計量経済学
最後にオススメするのは、楽しく可笑しく面白く読める2冊。その年の天候やその他諸々の条件によって大きく値段が変わってくるワインだが、それでは果たして具体的な決定要因となっているのは何か?同様に、当たり外れが大きいビジネスの代表例である映画製作。脚本段階から興行収入を予測できたらどれだけ経営がラクになることか。
または、宝くじやギャンブルや各種社会調査のウソとワナ。そういった軽い話題に対しても真面目に(でも面白おかしく)取り組んでいるのがこの2冊だ。統計学や計量経済学にきっともっと興味が湧いてくる、そんな内容をお楽しみクダサレ。
その数学が戦略を決める
運は数学にまかせなさい――確率・統計に学ぶ処世術
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