将棋の子|奨励会年齢制限と脱サラ棋士のプロ編入という奇跡の実話
公開日:
:
最終更新日:2018/09/26
オススメ書籍
映画『泣き虫しょったんの奇跡』が公開されている。まだ観ていないのだが、もちろんこの実話はとてつもなく驚異的であり、そして感動的であるのは、原作を読み終えて感じるところだ。
26歳。それはプロ棋士へのタイムリミット。小学生のころから将棋一筋で生きてきたしょったんこと瀬川晶司の夢は、年齢制限の壁にぶつかりあっけなく断たれた。将棋と縁を切りサラリーマンとして暮らしていたしょったんは、アマ名人になっていた親友の悠野ら周囲の人々に支えられ、将棋を再開することに。プロを目指すという重圧から解放され、その面白さ、楽しさを改めて痛感する。「やっぱり、プロになりたい―」。35歳、しょったんの人生を賭けた二度目の挑戦が始まる――。
年齢制限により奨励会退会を余儀なくされた瀬川晶司は、サラリーマン生活を経て、そしてプロ棋士の道を一旦は諦めてから10年近くの時が経ち、特例としてアマからプロへの編入試験が認められ、そして見事合格した。これは長い将棋界の歴史に燦然と輝く稀有のサクセスストーリーである。瀬川本人が著した素晴らしい自伝なので、ぜひとも映画を観る前に、もしくは鑑賞後にも読んで頂きたい。
あきらめなければ、夢は必ずかなう!中学選抜選手権で優勝した男は、年齢制限のため26歳にしてプロ棋士の夢を断たれた。将棋と縁を切った彼は、いかにして絶望から這い上がり、将棋を再開したか。アマ名人戦優勝など活躍後、彼を支えた人たちと一緒に将棋界に起こした奇跡。生い立ちから決戦まで秘話満載。
さて、僕がこの本書を読んで改めて感じたのは、プロ棋士への登竜門となる奨励会を突破することの圧倒的な難しさである。以前に「奨励会三段リーグ|天才少年棋士からプロへの最後の関門」でも書いたように、プロ棋士の養成所である奨励会では、全国から集まった天才将棋児童たちがしのぎを削る。しかし、タイムリミットである26歳までに四段に昇格できなければ自動的に退会が決まるという「鉄の掟」が存在するのだ。だから、10代の少年たちが年を重ね、20代も半ば近くになると、その年齢制限がまた一つ現実味を増したという意味で、誕生日を迎えるたびにまさに寿命が縮まるような思いをしながら、身も心も削っている場所、それが奨励会なのだ。
もちろん、プロ棋士になる条件としての四段昇格は極めて難関であり、だからこそ藤井聡太のように稀にみる天才少年の偉業に大きな注目が集まったのだ。つまり、多くの少年たちは、この奨励会三段リーグを突破できないままに26歳を迎え、そして夢破れてプロ棋士となる道から身を引くのである。しかし、青春のすべての時間を注いだ将棋をあきらめたら、その少年たちに一体何が残るというのか?プロ棋士になることしか考えていなかった彼らが、その道を断たれたいま、どのような人生を歩むのだろうか?そんな、夢破れた神童たちのその後を追ったのが、『泣き虫しょったんの奇跡』に解説を寄せた大崎善生による傑作ノンフィクション『将棋の子』である。
藤井聡太のような圧倒的な実力で奨励会を突破する者もいれば、瀬川晶司のように奨励会を去ったのちアマで結果を出し編入でプロになった者もいる。しかし、そうではないその他大勢に光が当たることは一切なく、だからこそ大崎が著したこの一冊は、この題材を選んだ視点の素晴らしさ、そして敗れた元少年たちへの温かい眼差しと相まって、じつに読み応えのある内容となっているのだ。こちらも合わせて読んで欲しい、イチオシの一冊としておすすめしたい。
青春のすべてを一手一局に!天才たちの夢と挫折の物語
奨励会……。そこは将棋の天才少年たちがプロ棋士を目指して、しのぎを削る”トラの穴”だ。しかし大多数はわずか一手の差で、青春のすべてをかけた夢が叶わず退会していく。途方もない挫折の先に待ちかまえている厳しく非情な生活を、優しく温かく見守る感動の1冊。第23回講談社ノンフィクション賞受賞作。
Amazon Campaign
関連記事
-
-
イェール大学出版局「リトル・ヒストリー」は初学者に優しい各学問分野の歴史解説
以前にもおすすめしたのだが、米国イェール大学出版局の “A Little History” シリーズ
-
-
ブラックホールを初めて写真撮影|いまこそ宇宙論がおもしろい
さて先日は、人類史上初めてブラックホールの撮影に成功したという記者会見が世界中で話題となった。「ブラ
-
-
日本語の誤用をとことんを考える『明鏡国語辞典』が10年ぶりに大刷新|新しい「問題な日本語」
今年も国語辞典の話題が多かったが、最新のトピックとして最も注目すべきなのは、やはりこちら、『明鏡国語
-
-
赤瀬川原平『新解さんの謎』と『辞書になった男』:いま日本で最も売れている「新明解国語辞典」の誕生秘話
これまで何度か、各種おすすめ国語辞典のそれぞれの個性について書いてきたが、その中でも最も「個性的」な
-
-
盗作と贋作のフェルメール|美術作品にまつわる犯罪史
先日NHK-BS で放送された「アナザーストーリーズ 運命の分岐点『フェルメール盗難事件 史上最大の
-
-
『ヤバい統計学』とテーマパーク優先パスの価格付け
『ヤバい経済学』の大ヒット以来、『ヤバい社会学』、『ヤバい経営学』と続けてきたこのシリーズ。内容その
-
-
統計学と経済学をまる裸にする
ついにあの "Naked Statistics" に、待望の翻訳が登場。そしてあの "Naked E
-
-
イェール大学出版局 リトル・ヒストリー|若い読者のための「アメリカ史」のすすめ
以前にも紹介したことのある、「イェール大学出版局 リトル・ヒストリー」のシリーズ。いまのところ5冊が
-
-
これは経費で落ちません|経理部が見つめる人間模様
NHKで現在放送中のドラマ「これは経費で落ちません!」が面白い。多部未華子が演じるアラサー独身女子・
-
-
春になり大人になったら辞書を買おう|これがいま日本で最も売れている国語辞典だ
さて今年も4月になり、進級・入学・入社とおめでたいイベントが相次いだ。中学生になったら電車も大人運賃


