介護士からプロ棋士へ、今泉健司四段「3度目の逆転人生」
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Yahoo! ニュースにも掲載された記事「藤井聡太七段を撃破!介護士からプロ棋士へ、今泉健司四段『3度目の逆転人生』」を、とても興味深く読んだ。破竹の勢いを続ける、弱冠17歳の若武者にして天才棋士・藤井聡太七段の名前を知らない人はいない。しかし、果たしてどれくらいの人が、今泉健司四段の名前を知っているだろうか?
2018年、最年少の天才棋士・藤井聡太に粘り強い将棋で勝利した最年長ルーキーが世間をにぎわせた。将棋ひと筋の人生に苦渋の思いで終止符を打ち、「中卒」のレッテルにもがいた苦労人。アルバイトや会社員を経験しながら挫折を繰り返し、貯金が底をついて介護士に転身。過酷な現場で弱点を克服し、3度目の挑戦でつかんだ逆転人生を追った。
そんな今泉四段のより詳しい経歴は以下の通りだ。
1973年愛知県生まれ。広島県育ち。幼い頃より父親から将棋の手ほどきを受け、めきめきと上達する。1987年、14歳で奨励会に入会。高校へは進学せず、中学2年生にしてプロへの道を歩み始める。1999年、26歳という年齢制限のため奨励会を三段で退会。奨励会退会後は地元の将棋教室で指導に当たるかたわら、調理師として働くなどして生計を立てていた。2006年、過去1年の6つのアマチュア全国大会のいずれかで優勝し、かつ四段以上のプロ棋士から推薦があれば受験できるという新しい制度「奨励会三段リーグ編入試験」ができ、2007年、33歳で編入試験に合格、奨励会へ復帰する。しかし、2年の間に四段に上がるという条件を満たせず、2009年3月、再び奨励会を退会する。退会後は、広島県福山市の介護施設で職を得て、2014年末まで介護ヘルパーとして働く。2014年12月8日、東京・千駄ケ谷の将棋会館で行われたプロ編入試験第4局で石井健太郎四段に勝ち、対戦成績3勝1敗で見事合格した。41歳でプロ入りするのは戦後最年長。
これほど注目を集めた苦労人・今泉の逆転人生は、上記の記事だけでなく、NHKの番組『逆転人生|凡人、天才に勝つ 遅咲き棋士の大勝負』でも取り上げられたので、このテレビ放送をご覧になった人もいるかと思う。視聴した僕にとって印象的だったのが、介護士として働いていたころの仲間たちからいかに応援されてプロ棋士への道に再度挑戦したということ、そしてだからこそ、いまも当時の仲間たちへの報告を欠かしていないことだ。
史上最年長41歳でプロ入り。破竹の勢いだった藤井聡太七段を破った遅咲き棋士の人生を描く。主人公は、自らを凡人と語る、今泉健司四段。かつては成績がふるわず、プロ棋士の養成機関・奨励会からの退会を余儀なくされた。課題は精神面。なかなか大事な対局を勝ちきれなかった。2度もプロ棋士をあきらめたが、アマからプロへの編入試験に合格して、夢を実現。意外にも介護士として働いた経験が、心の成長のきっかけとなった。
確かに、今泉四段がプロ棋士となるまでの道は、果てしないほどに遠回りであり、何度もつまづき、くじけ、あきらめた険しさだった。しかし、そうした遥かな道のりを歩き切ったからこそ、いま将棋を続けることができる人生に、そしてそれを生業とできる喜びに、そんな充実した笑顔がとても印象深かった。将棋の天才少年とうたわれた全国の幼い子供たちが切磋琢磨しても、もちろん誰もが藤井聡太になれるわけではなく、多くの少年たちが挫折し、将棋の世界を去っていく。しかし今泉はこの世界から完全にさることは出来ず、情熱を持ち続け、そしてカムバックした。そんな、天才ではない、凡人と自称する彼の生き方・生き様だからこそ、僕らはそこから目が離せないのだと思う。上記のNHKを見逃してしまった方は、ぜひ今泉の著書を読んでみて頂きたい。きらびやかな天才たちの陰に隠れているものの、より身近に将棋を感じることができる一冊だと思う。
幼い頃から将棋を始め、中学2年生で一度はプロ棋士への道へ歩み始めるも、2度も退会を余儀なくされ、その度に類いまれな努力と忍耐力で復活を遂げて来た今泉健司さん。本書では41歳という戦後最年長でプロ棋士合格を果たした彼の生い立ちから2度の挫折、決戦までを綴ります。40歳をすぎて夢を実現させた「41歳のオールドルーキー」今泉健司さんの「大器晩成」の成功の秘密とは?
そして合わせておすすめしたいのが、上記の記事中でも紹介されているように、プロ棋士への編入試験という道を切り開いた、瀬川晶司の物語だ。以前に「奨励会年齢制限と脱サラ棋士のプロ編入という奇跡の実話」で紹介したように、『泣き虫しょったんの奇跡』は映画化もされたので、ご覧になった人も多いかと思うが、彼もまた低迷・挫折・絶望の末に奨励会を脱落した。しかし、そこからアマとして活躍を続け、そしてプロ編入という希望の道を切り拓いた。これもまた、当時は奇跡と呼べるような、心震える人生の物語なのである。
昭和45年横浜市生まれ。小学5年生のときに将棋に夢中になり、6年生でプロを志す。中学3年生のとき、中学生選抜選手権大会で優勝、その年、プロ棋士養成機関の奨励会に入会する。22歳で三段に昇るが、その後、低迷して26歳のとき年齢制限の規定により奨励会退会。一度は将棋と縁を切ったが、神奈川大学法学部在学中に将棋を再開すると、平成11年のアマ名人戦優勝をはじめ、アマチュア強豪として大活躍する。やがて就職してサラリーマンとなるが、プロとの公式戦で7割以上という驚異的な勝率をあげると、平成17年、日本将棋連盟にプロ入りを希望する嘆願書を提出、周囲の協力もあって戦後初めてのプロ編入試験将棋を実現させる。平成17年11月6日、この試験将棋に合格して念願のプロ棋士となる。
最後に、そんな天才少年とうたわれた瀬川や今泉らが、将来をかけて戦いながらも、さらに上を行く才能の前に愕然とし、そして去らねばならなかった奨励会。以前に「奨励会三段リーグ|天才少年棋士からプロへの最後の関門」で書いたように、この奨励会での三段リーグを突破し、四段になって初めてのプロ入りだ。しかし、プロ入りまでの年齢制限が、少年や若者たちの心に重くのしかかり、制限間近の棋士たちにとってはプロをあきらめねばならないタイムリミットして、新たな誕生日を喜べなくなるほどの不安を与える。もちろん、この最後の難関・三段リーグを突破できず、プロ入り目の前にして将棋の世界を去っていく人たちは多い。小学生のころから一心不乱に将棋だけを指してきた少年たちは、十代の青春すべてを将棋に捧げてきた。そんな彼らが、将棋の神様に愛されず、その世界を去らねばならないとき、いったいどのような気持ちとなるのだろうか。本書『将棋の子』は、大いなる前途に目をか輝かせて奨励会に飛び込んできた若者たちが、その希望と憧れにあと一歩にまで迫りながら、夢破れていく物語である。将棋の世界を知るためには、天才たちの活躍だけでなく、こうした数多の挫折がその背景にあることも忘れてはならない。辛い物語ではあるが、そんな青年たちを温かく包み込むように、その話をつむぐ著者の優しさが救いとなるだろう。ぜひ一読をおすすめしたい名著である。
奨励会……。そこは将棋の天才少年たちがプロ棋士を目指して、しのぎを削る“トラの穴”だ。しかし大多数はわずか一手の差で、青春のすべてをかけた夢が叶わず退会していく。途方もない挫折の先に待ちかまえている厳しく非情な生活を、優しく温かく見守る感動の1冊。第23回講談社ノンフィクション賞受賞作。彼らの戦いはなぜこんなにもせつなく胸に迫ってくるのだろう―ベストセラー『聖の青春』著者が放つ感動のドラマ!!夢と挫折の奨励会物語。
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