アカデミアへの転身と、アカデミアからの転身
日本テレビの桝太一アナウンサーが、16年間在籍した同局を今年3月で退社し、4月からは同志社大学ハリス理化学研究所で助教として勤務するというニュース。毎日のようにテレビに登場する人気アナウンサーであるだけに、フリーになるお誘いはいくらでもあっただろうに、そうではなく、東大の大学院でも生物研究に取り組んできたその情熱を胸に、ふたたび研究の世界に戻るという決断をしたようだ。
科学のおもしろさをもっと視聴者にうまく伝えていきたい、そんな桝アナの問題意識が、同志社大学のサイエンスコミュニケーター養成プログラムとも合致し、研究員公募を勝ち抜いての採用となったようだ(記事「桝太一アナ、大学の採用面接では『新分野を切り拓きたい』と熱弁…東大院時代には『アサリの殻』研究を」)。
確かに今回の桝アナの転身は、過去のアナウンサーの退職事情と比べると極めて異例である。ただ、今までそういう思いを持ったアナウンサーがいなかった、というだけのことなのかも知れない。その意味では、大学院でアサリの研究をしていた人をテレビアナウンサーとして採用した日本テレビも当時思い切った意思決定をしたわけだし、まったくの異分野でこれまで活躍してきた桝氏自身とその彼の今回の判断も、今後次第に普通のこととして受け止められる日がくるかも知れない。
個人的には、こうしたキャリアチェンジというものが、もっともっと増えていくとよいのでは、と思っている。例えば先日ちょうど「若き研究者フィギュアスケート町田樹のスポーツ文化論」で書いたように、フィギュアスケートで活躍した町田樹氏は、引退後に早稲田大学の大学院に進み、博士号を取得していまは大学勤務の研究者だ。そんな風にして、民間企業での勤務経験を経たり、はたまたスポーツ選手としての実績を踏まえたりして、そこから現場で得た問題意識を研究テーマにしていくというのは、大変おもしろいし、ユニークなアプローチになると思う。
それと同時に、今回の桝アナや町田元選手のような「アカデミアへの転身」だけでなく、「アカデミアからの転身」も、この先もっと数が増え、それが普通のこととなるとよいと考えている。例えば、以下の書籍『アカデミアを離れてみたら』は、まさにそんなキャリアチェンジを経験した21人のその後を追った内容で大変興味深く読める。自分がもっといきいきと活躍できる場所を求めて、ときにはアカデミアへ、そしてときにはアカデミアから、他の世界にジャンプするということが当たり前となるくらい、もっと自由に活発に往来や交流が進むことを願っている。
大学などの学術界から「外」に出た博士たちは,何を感じ,どう生きているのか.研究の経験は,その後にどう活かされるのか.企業の研究職から官僚そして指揮者まで,主に理系の博士号取得者たちが,酸いも甘いもひっくるめて語りつくす.21人の目は「外」の世界をいきいきと映し出し,そしてアカデミアのいまを見つめる.
Amazon Campaign

関連記事
-
-
組織を動かす実行力|結果を出す仕組みの作り方
新刊『実行力』を興味深く読んだ。本書は、ご存知橋下徹が、これまで大阪府知事として、そして大阪市長とし
-
-
バレンタインの統計学と経済学
明日は男性諸君が待ちに待ったバレンタインデーですよね!? というわけで以下のエントリを再掲。そして、
-
-
夏休みに素敵な1冊を探そう|知的好奇心旺盛な10代のための読書地図
いまどき新聞なんてほとんど読まない、そんな人が増えてきた現代である。しかしながら、書評欄を楽しみに週
-
-
ニューヨーク・タイムズが選ぶ、今年絶対に行きたい世界52ヶ所:2015年版
昨年「ニューヨーク・タイムズが選ぶ、今年絶対に行きたい世界52ヶ所」で書いたように、同紙では毎年1月
-
-
日本人の氏名はなぜこんなにも多種多様にして複雑怪奇なのか?
日本人はなぜにこんなにも自分の名前や家族のルーツに興味津々なのだろうか? NHKの番組だけ取り上げて
-
-
『ヤバい統計学』著者による新作『ナンバーセンス』で知る、アメリカ大学ランキングの舞台裏
以前に「テーマパーク優先パスの価格付け」でも紹介したように、カイザー・ファング著『ヤバい統計学』は、
-
-
シンガポール建国50周年|エリート開発主義国家の光と影の200年
先日で建国50周年を迎えたシンガポール。Economist や、Wall Street Journa
-
-
米国Amazon.com が公表する、アメリカとカナダの Most Well-Read Cities
毎年恒例となった、Amazon.com (および Amazon.ca)が発表する "Most Wel
-
-
「もっとヘンな論文」がついに登場|アカデミック・エンターテインメントの最高峰
NHK Eテレの番組「ろんぶ~ん」をご存知だろうか?ロンブー淳が司会を務める、アカデミック・エンター
-
-
あの伝説の一戦「3連勝4連敗」から9年|羽生善治・永世七冠誕生
2017年12月5日、長い将棋の歴史に新たな偉業が刻まれた。羽生善治が竜王位を奪還し永世竜王となり、