*

ハートマウンテン日系人強制収容所の、貴重なプライベート写真集

公開日: : 最終更新日:2014/10/11 アメリカ, オススメ書籍

7月に出版されたエッセイ写真集『コダクロームフィルムで見る ハートマウンテン日系人強制収容所』を読んで眺めた。今になってこのような書籍が出版されるとは、非常に珍しいと思わざるを得ないほどに、貴重な写真の数々だった。

 

70年の時を経て発見された、有刺鉄線の向こう側の日常。1941年12月の真珠湾攻撃の半年後、日系二世の写真愛好家ビル・マンボは、カリフォルニア州の自宅からワイオミング州の強制収容所に連行された。1942年、日系二世のビル・マンボは、カリフォルニア州の自宅からワイオミング州の強制収容所に移された。その彼が、有刺鉄線の中で暮らす家族の日常、盆踊り・相撲のような日系人収容所ならではの風物詩を撮影。当時では珍しい鮮やかな63点のカラー写真から、収容所生活の実際が浮かび上がる。研究者による考察や元収容者のエッセイを付し、写真の理解を助ける。

 

先日書いたように、僕がアメリカに暮らして興味を持ったことの一つに、アメリカ日系人の歴史がある。それもとくに、太平洋戦争時、全米10ヶ所に設立された強制収容所に連行された彼らの歴史と暮らしについてである。それを知るために、砂漠の中にあるマンザナー収容所と、荒れた大地のツールレイク収容所を訪れる旅に出たのは、以前書いたとおりである。

  1. アメリカ日系人強制収容所跡地を尋ねた米国西海岸縦断の旅
  2. NHK戦争特番:日本とアメリカとその狭間で

 

Manzanar_2013

 

戦争当時のアメリカ日系人に焦点を当てた山崎豊子の『二つの祖国』や、真保裕一の『栄光なき凱旋』は、アメリカと日本の間に挟まれて引き裂かれた心情と人生を描いた名作だ。しかし、それらの小説とこの写真集『ハートマウンテン日系人強制収容所』が決定的に異なるのは、フィクション/ノンフィクションという差以上に、そこに映る人びとの表情である。

 

その写真には、アメリカを憎む気持ち、日本を恨む気持ち、そして両国が戦争を始めたこととその狭間に立たされる自分の人生を呪う気持ち、そういうものが一切ない。照りつける太陽の下、水しぶきを上げてプールに飛び込む少年たちの姿、浴衣を綺麗に着こなして盆踊りに興じる少女たちの姿、そういうものが当時としては極めて珍しいカラー写真として残されているのである。子供も大人も笑顔で毎日を過ごしている。

 

しかしそれはもちろん、収容所の生活が快適だったということでは全くなく、こうした明るくポジティブに見える写真が、ともすれば収容所生活で人間らしい暮らしができなかった多くの日系人からの反発を招く危険性については、本書の中でも解説として述べられる。

 

本書に掲載された写真の数々は、有刺鉄線に囲まれた収容所という異常の中にあっても、春は春らしく、夏には夏の思い出を、という正常の日常を子供たちには過ごさせたいというビル・マンボの親としての愛情で出来ている。「当時の記憶はほとんどない」と振り返るまだ幼い子供だったビリー・マンボは、写真の中で元気に明るく微笑む。それはまさにビルが望んだことではあったが、今われわれが振り返ってその写真を眺める際には、その無邪気な笑顔の遠く向こうにある鉄条網と銃を構えた兵士が見えるはずだ。マンボ父子が静かに写し出すプライベートは、しかしながら小説の主人公以上に歴史の不条理を語りかけてくる。

 

 

 

Amazon Campaign

follow us in feedly

関連記事

Amazon.com の勢いが止まらない|サイバーマンデーで過去最高売上を記録

株価上昇が続くアメリカ経済の中でも、Amazon.com の勢いはひときわ目を引く。下のグラフを見れ

記事を読む

好きなことだけを仕事にした、新潟県三条市の世界的アウトドアメーカー「スノーピーク」の経営

新潟県三条市に、あのアップルも見学に来る企業があるのをご存知だろうか?それがアウトドアブランドの「ス

記事を読む

『ヤバい統計学』著者による新作『ナンバーセンス』で知る、アメリカ大学ランキングの舞台裏

以前に「テーマパーク優先パスの価格付け」でも紹介したように、カイザー・ファング著『ヤバい統計学』は、

記事を読む

これは面白いピタゴラス的発想!|「解きたくなる数学」をビジュアルで考える

以前に「クリエイター佐藤雅彦が好きだ|最新著『ベンチの足』にみるユニークな視点」でも書いたように、僕

記事を読む

Amazonソムリエが教える美味しいワインのえらび方

いま、Amazonがもっとも力を入れているもの、それは電子書籍、ではないですよね。Kindleはもう

記事を読む

ラグビー日本代表が強くなった理由|エディー・ジョーンズのコーチング

冬のスポーツ風物詩と言えば、箱根駅伝に加えて高校サッカー、そして大学ラグビーである。そんなラグビーの

記事を読む

若い読者のための経済学史と哲学史

米国イェール大学出版局の "A Little History" は、歴史や文学そして経済学といった学

記事を読む

ソーシャルディスタンスのいま最も濃密な人間関係|プロ将棋棋士の師弟愛と絆

この年末年始なにが盛り上がっているかと言えば、もちろん紅白歌合戦に箱根駅伝、ではないですよね。今年は

記事を読む

flag of bhutan

西水美恵子著『国をつくるという仕事』が称賛する、ブータン国王のリーダーシップ

ブータン訪問記の続き。 ちょっとブータンまで行ってきた。 ブータンではみんな王室と国王と

記事を読む

行動経済学者ダン・アリエリー|お金と感情と意思決定の白熱教室

NHK『お金と感情と意思決定の白熱教室』再放送決定 先日放送されたNHK『数学ミステリー白熱教室』

記事を読む

Amazon Campaign

Amazon Campaign

卒業・入学おめでとうキャンペーン|80年記念の新明解国語辞典で大人の仲間入り

今年もまた合格・卒業、そして進級・進学の季節がやってきた。そう、春は

食の街・新潟県南魚沼|日本一のコシヒカリで作る本気丼いよいよ最終週

さて、昨年10月から始まった2022年「南魚沼、本気丼」キャンペーン

震災で全村避難した山古志村|古志の火まつりファイナルを迎える

新潟県の山古志村という名前を聞いたことのある人の多くは、2004年1

将棋タイトル棋王戦第3局|新潟で歴史に残る名局をライブ観戦してきた

最年少記録を次々と塗り替える規格外のプロ棋士・藤井聡太の活躍ぶりは、

地元密着の優等生|アルビレックス新潟が生まれたサッカーの街とファンの熱狂

J2からJ1に昇格・復帰したアルビレックス新潟が今季絶好調だ。まだ4

【速報】ついに決定|14年ぶりの日本人宇宙飛行士は男女2名

先日のエントリ「選ばれるのは誰だ?夢とロマンの宇宙飛行士誕生の物語」

3年ぶりの開催|シン魚沼国際雪合戦大会で熱くなれ

先週末は、コロナで過去2年間見送られてきた、あの魚沼国際雪合戦大会が

国語の入試問題なぜ原作者は設問に答えられないのか?

僕はもうはるか昔から苦手だったのだ。国語の試験やら入試やらで聞かれる

PAGE TOP ↑