アメリカ連邦最高裁判事9人<ザ・ナイン>が歴史をつくる「この国のかたち」
米連邦最高裁判事ギンズバーグの死去とその後任選びで、目前に控える米国大統領選挙がさらに混沌としてきた。以前に以下のようなエントリを書いたように、アメリカの短くも密度の濃い歴史は、連邦最高裁が下してきた判例の積み重ねである。
とくに、人種差別、中絶を含めた女性の権利、そして同性愛婚など、アメリカの世論を保守とリベラルに二分するイシューに対し、最高裁は重要な判決を言い渡してきた。そして、その判断をくだすのは、たった9人の最高裁判事(ザ・ナイン)なのである。
保守派の台頭と9人の最高裁判事(ザ・ナイン)。人種、性、妊娠中絶、福音派、大統領選挙など、巨大国家の行方を定める判事たちの知られざる闘いを追った傑作法廷ノンフィクション!ニューヨーク・タイムズ年間最優秀図書。
だから、米国大統領がもつ権力の中でも最も長期にわたって大きな影響力を及ぼすと考えられているのが、この最高裁判事の任命権なのである。なにしろ、最高裁判事は今回のギンズバーグのように亡くなるまでの終身職であり、だからこそ最長でも8年間しか務められない大統領職に比べ、数十年間に渡ってこの職位にあり続け、アメリカという国の新しい形をつくり続けることができるのだ。実際、ギンズバーグ自身も、1993年に当時のビル・クリントン大統領に指名されて以来、先日87歳で亡くなるまでの27年間に渡って、とくにジェンダーの平等と性差別について戦い続けた、リベラルな闘士として記憶されている(BBC「平等と自由のため闘い、未来へ語った……故ギンズバーグ判事が残した言葉」)。
名前の頭文字をとってRBGと呼ばれ親しまれた彼女の足跡は、映画『ビリーブ』にも描かれているほか、ドキュメンタリー『RBG最強の85才』にも詳しく、彼女の人生そのものが、アメリカ20世紀の歴史を色濃く反映している。
貧しいユダヤ人家庭に生まれたルース・ギンズバーグは、「すべてに疑問を持て」という亡き母の言葉を胸に努力を重ね、名門ハーバード法科大学院に入学する。1956年当時、500人の生徒のうち女性は9人で、女子トイレすらなかった。家事も育児も分担する夫のマーティンの協力のもと首席で卒業するが、女だからというだけで雇ってくれる法律事務所はなかった。やむなく大学教授になったルースは、70年代になってさらに男女平等の講義に力を入れる。それでも弁護士の夢を捨てられないルースに、マーティンがある訴訟の記録を見せる。ルースはその訴訟が、歴史を変える裁判になることを信じ、自ら弁護を買って出るのだが──。
そんなギンズバーグが亡くなる直前まで懸念していたのが、自分の後任だと言われている。なにしろ、現職大統領のトランプは既に2名の最高裁判事を指名している。もしもギンズバーグの後任まで選べることになれば、これまで4年間の任期で3名もの判事を最高裁に送り込むという、歴史的にも異例の成果を挙げることができる。実際に、トランプ大統領によってこれまで指名された2名の最高裁判事はいずれも保守派であり、ギンズバーグ含めたリベラル派が4名、保守派が5名というかたちで、バランスの取れた構成だったのだが、ギンズバーグに代わって保守派判事が新たに指名されると、6対3で大きく保守派に傾くことになる(BBC「トランプ氏、後任の最高裁判事に48歳女性指名へ 人工中絶反対の保守派」)。
その結果、今後、妊娠中絶の権利が大幅に制限されたり、一方では銃規制が緩和されたりと、アメリカの保守派が望む決定が続くことも予想される(ニューズウィーク「ルース・ギンズバーグ判事の死、米社会の「右旋回」に現実味」)。実際に、オバマケアの名称で知られる医療保険制度改革法は、2012年当時、5対4で支持する判決を下しているのだが、新たに指名されたバレット判事が承認され、実際に6対3で保守派の力が強くなると、以前の決定が覆される可能性もでてくるわけなのだ。とくに、バレット判事が現在48歳であり、ギンズバーグと同じく80代後半まで同職に居続けるのであれば、今後40年間の長きにわたってアメリカ社会の国づくりに自らの意見を色濃く反映させていくことができるのである。
このように、アメリカ連邦最高裁判事9人は、この国においてときに現職大統領以上に、国のあり方に強く関わることになる。その最たるものが憲法修正であり、こうしたザ・ナインである最高裁判事9人が描いてきたグランド・デザインが、アメリカという国を形作っているのである。
今回、ギンズバーグが大統領選挙直前で亡くなったことで、その後任選びは極めて紛糾している。しかし、最高裁判事のこれだけの影響力を考えるならば、それは当然のこととも言えるだろう。最高裁が下してきた判決と、その結果としてのアメリカ社会、その歴史をとおして学ぶには、ぜひ阿川尚之の以下の2冊をおすすめしたい。ロイヤーである著者がアメリカ勤務を経験し、憲法という視点でアメリカ史を描く本作は、リベラルの象徴だったギンズバーグが亡くなり、アメリカがこの先保守化傾向が強まると予想されるいま、そして4年に一度の大統領選挙を目前に控え、今後のアメリカの行方を考える今このタイミングでこそ、もっと読まれるべき著作であると断言できる。
君はまだ、本当のアメリカを知らない。第6回読売・吉野作造賞の快著、完全版をここに文庫化!
建国から二百数十年、自由と民主主義の理念を体現し、唯一の超大国として世界に関与しつづけるアメリカ合衆国。その歴史をひもとくと、各時代の危機を常に「憲法問題」として乗り越えてきた、この国の特異性が見て取れる。憲法という視点を抜きに、アメリカの真の姿を理解するのは難しい。建国当初の連邦と州の権限争い、南北戦争と奴隷解放、二度の世界大戦、大恐慌とニューディール、冷戦と言論の自由、公民権運動――。アメリカは、最高裁の判決を通じて、こうした困難にどう対峙してきたのか。独立戦争から現代へと至るその歩みを、憲法を糸口にしてあざやかに物語る。この国の底力の源泉へと迫る壮大な通史!
著者は前作『憲法で読むアメリカ史』で、アメリカ合衆国の誕生からレーガン政権発足までの二〇〇年近い歴史を、憲法の視点から綴った。特に各時代のさまざまな問題解決にあたって憲法の解釈を行う最高裁の役割に焦点を当て、アメリカ史を一つの物語として描いた。本書はレーガン政権発足以降のアメリカの歴史を、同様の手法で綴ったものである。したがって本書は『憲法で読むアメリカ史』の続編、その現代史版と考えてよい。
本書では特に、一九八〇年代以降の大統領と最高裁の関係に、焦点を当てる。一九二九年に始まった大恐慌という未曾有の国難をきっかけに、連邦政府は強大な権限を有するようになった。さらに世界大戦や冷戦の時代を経て、とりわけ大統領の権限が拡大した。もちろん、原則として大統領は議会の制定した法律にもとづいて政策を実現するのだが、外交や戦争、テロといった問題に関しては大統領の裁量権が非常に大きい。内政、経済、社会、宗教、言論などの問題に関しても、国民多数の主張をしばしば大統領が代弁し、自らの信条に合致する政策を実行するために連邦議会を説得し、その支持を得て、あるいは対立しながら実行する。
こうした大統領の行為とその法的根拠をめぐっては、多くの憲法訴訟が起こされ、最高裁がその合憲性について判断を示す。最高裁判事には定年がない。そのため任期が限られている大統領は、自分の信条に近い最高裁判事を任命して、自分の退任後も影響力を残そうとつとめるが、保守派と進歩派の政治的対立がますます深まる現代のアメリカでは、判事任命の過程もまた大きな政治的意味をもつ。
歴史は一つではない。それを語る人の数だけ、異なった歴史がある。英語のstory(物語)とhistory(歴史)が、同じ語源をもっている事実からしても、それがわかる。ただし現代史を描くのは、古い歴史を描くのとはまた別の難しさがある。感覚的にはつい最近のできごとであり、情報は豊富にあるけれど、事実は十分整理・検証されていないし、評価はばらばらである。本書は、そうした難しさを意識しつつ、アメリカの現代史を具体的な憲法問題をめぐる大統領と最高裁の関係にできるだけ絞って描こうとする一つの試みである。
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